グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。
※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2009年5月15日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。
モノが売れない。不景気で消費者の財布の紐が固くなっただけでなく、その前からとっくに消費は飽和している。そんな環境下では、どんなターゲットを狙っていくのかが極めて重要だ。
ターゲティングがしっかりしていなければ、どんな商品に仕立てていくのか。そしてその魅力をどのように訴求していくのかというポジショニングもあいまいになってしまう。それではモノは売れない。
しかし、今でも時々耳にするのは、「ターゲットを絞りすぎては、ヒットする人が少なくなってあまり売れなくなってしまうじゃないか」との論だ。高度成長期の誰もが同じモノを求めていた時代ならいざ知らず、消費者ニーズが細分化した今日において、誰からも支持されるモノ作りはもはや幻想だ。
「これなら絶対欲しい!」「これしかいらない!」。そんな熱狂的なファンを作って売るモノ作り。多少極端なモノでも、それを買ってくれる人がいればいいではないか。
好例がある。東京・月島に新築された「本棚のついているマンション」。
とかく収納スペースが居住空間に優先され、物の置き場に困るマンション。それが一般的な商品だといっていい。趣味の道具やコレクションなどを収納するスペースの優先度は極めて低く、買った本とは、次々とブックオフへと涙の別れを繰り返すこととなる。
そのマンションは、玄関を開けると廊下の壁一面に天井までの本棚が作り付けられている。本好きには垂涎(すいぜん)だろう。それだけでなく、オーダーすればリビングや書斎にも作り付けの棚を設置できるという。
ポイントは、そんな本棚だらけのマンションを誰が欲しいと考えるかだ。広告クリエイティブ・デザインの専門誌『ブレーン』で紹介された記事中に、以下のような記述があった。ターゲットは本好き。文化的な暮らしに興味のある人。活字が好きな人。既に月島を気に入って住んでいて、新居を探している人。
銀座・東京駅至近の月島エリアは単身者やDINKSに人気である。そんな月島に既に住んでいる人の住み替えを狙っているという。年代や家族構成だけでターゲット設定をしているのではないところがユニークだ。
本好きは本を手元に置きたいよな。間違ってもブックオフに売らないよな。でも、置き場所に困るだろう。天井まで蔵書を整然と並べられたらさぞうれしいだろう。そうしてできた物件なのだ。
さらに、本好きはどんな行動をするかを想定して、販売促進も展開されている。
「本好きは本屋に行くよな。Amazonとかじゃなくて」というわけで、月島近隣の書店4軒に交渉。「本棚の付いているマンション」のブックカバーとしおりを各書店で配布する。しおりをモデルルームに持参すれば、本好きが喜ぶ図書カード1000円がもらえる。リターンは通常のチラシより断然よいという。
マンション販売は大規模物件でない限り、通常は建設予定地の近隣に、本人か親戚や知人が居住している人が購入する場合が多い。クチコミが極めて重要なのだ。まして、この物件のようにターゲットが絞り込まれていれば、「そういえばあいつ、本好きでマンション探してたよな」と紹介につながるケースも多いだろう。
この物件の販売住戸数は28戸。小規模物件ならではの展開ではあるが、ターゲット像を明確にして絞り込み、ポジショニングを明確にした好例だといえるだろう。マンション不振の昨今、当たり前な物件では苦戦を強いられるのは目に見えている。
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサ ルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダ イヤモンド社)。
「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディ アへの出演多数。 一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
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