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» 2009年05月18日 07時00分 UPDATE

おもてなしの機内食、本日就航――Soup Stock Tokyo 森住理海さん (1/3)

通り一辺倒の機内食でも、もっと美味しく、楽しく、美しくできるはず。食のプロとしてキャリアを歩んできた男が、ビジネススクールで鍛えたコミュニケーションスキルを武器に、これまで航空子会社が囲い込んでいた“聖域”に挑む。目指すのは、ビジネスと食の豊かさの両立――。

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 JAL成田発ハワイ行き。夏休みの家族連れでごったがえしている中に、40代の男性がぐったりした表情で座っていた。「仕事で疲れ切っているのに、休日は何とハワイで家族サービスだ」。ため息をつき、ビールをチビリチビリやっていると、機内食が運ばれてきた。

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 丁寧に作りこんだオニオングラタンスープのメインディッシュが、胃にゆっくりと入ってくる。サイドディッシュは、ボイルしただけの色とりどりの野菜。シンプルな野菜の味とそれぞれの甘みが口いっぱいに広がる。添えられたグリーンピースのマッシュも嬉しい。十勝産あずきをたっぷり使った手のひらサイズの小さな鯛焼きが旅のウキウキ感を盛り上げ、余計な手を加えずリンゴを切っただけのデザートも彩りが美しい。

 そして、コーヒーを飲もうと食器を取り上げると、下に敷かれたカラフルなシートには、ポエムが添えられていた。「飽きないと最高に好きは同じ意味です」、何だかいら立った心が静まっていく……。

 いつものいわゆる“機内食”ではない。ちょっぴり美系のフライトアテンダントに尋ねると、会社の女子社員の間で人気の「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」が作ったという。

 2005年から経営再建に取り組むJAL。運航トラブルや経営をめぐる混乱もあり、ブランドイメージは大きく傷ついた。人員削減や資産売却、増資で収益改善の目途は立ったが、「攻めのANA、再建のJAL」とのイメージはぬぐえない。

 ハワイ便は航空会社にとって集客規模の大きい“看板商品”。その機内食が大きく変わることで、守りから攻めへ転じたことを内外にアピールできる。可もなく不可もないエコノミー席の機内食に、新風を吹き込む。冒頭に上げた機内食は、単なるメニュー改定ではない。JALにとっても、請け負ったSoup Stock Tokyoにとっても大きな挑戦だった。

 ハワイ便は成田を21時に出発する。機内食は23時くらいに提供されるが、その後就寝する乗客も多い。身体に優しく、胃にもたれないような食事を提供できないか。JAL側でそんな「小さな改革」を考えた結果、同社の成田空港専用ラウンジで食事を提供していた、Soup Stock Tokyoに白羽の矢が立ったのだ。

 そのプロジェクトの中心メンバーとして抜擢されたのが、森住理海さん(34)。2007年7月に入社してからわずか数カ月でスープの百貨店ギフト販売で大きな成果をあげ、前職の惣菜会社では製造現場から営業、新ブランドの立ち上げも経験した食のプロフェッショナル。そのキャリアの源泉は、両親の温かい愛情にあった――。

「食への情熱」エンジンにキャリアを構築

ah_mori1.jpg Soup Stock Tokyoの森住理海さん

 身体を壊しがちだった母は、いつも食事に気をつかっていた。なじみの八百屋、肉屋、魚屋で買い求めた新鮮な食材を使った手料理の数々。何と美味しかったことか。小学校の入学祝いには、料亭に連れて行ってくれた。父は炭酸飲料の中に抜けた乳歯を入れ、「歯が溶けるから飲んじゃだめだ」とおどかした。今となっては笑い話だが、炭酸は一切口にしない。

 決して余裕のある暮らしではなかったが、両親は心を砕いて、自分の舌と感性を鍛えてくれた。コンビ二エンスストアやファストフード店などで、添加物が入った食品を口にするたび、「おかしい」と舌が悲鳴をあげるようになった。大量生産、添加物漬けの商品が、当たり前の世の中に違和感を覚えた。

 「食べることの豊かさや温かさを、仕事を通じて伝えていきたい」。そう決意を固め、大学卒業後、「惣菜を通して豊かなライフスタイルを実現する」との理念を掲げる、当時はまだ規模が小さかった惣菜会社に就職を決めたのだった。

 だが、熱い想いだけでは社会は渡っていけないことを、すぐに思い知らされる。惣菜会社では、上司とぶつかり合うことが何度もあった。もともと理系出身ということもあってか、論理が先に立つ。正しい事は正しいと言い、相手の間違いは躊躇せず指摘する。上司を怒鳴りつけたこともある。

 入社して間もないころ。配属された製造工場で、設備の入れ替えがあった。夜、ほこりのたった床を1人掃除していると、上司が声をかけてきた。「何をしているんだ」「汚いから掃除しているんですよ」「そんなことに残業の金を払えるか。帰れ」「じゃあ汚いまま放置するんですか」。納得がいかず、翌朝3時に出勤して掃除をした。

 食に対する情熱の裏返し。だがそんな真っ直ぐな姿勢は、時として「仕事はできるが冷たい」と反感を買う事もあった。課長になったが、そこでも「コミュニケーション」が壁になった。12人の部下の中には自分より年輩の課員もいて、なかなか思うように動いてくれない。あからさまに“無視”するような部下もいた。

 順調にキャリアを重ねてきたように見えるかもしれないが、「食への情熱」をエンジンに、もがきながら前へ進んできた。その道すがら、Soup Stock Tokyoとの出会いが待っていた。

 Soup Stock Tokyoは、三菱商事の社内ベンチャー第1号。遠山正道社長が、ケンタッキー・フライド・チキン出向時代に“食べるスープ”を思いつき、今では伝説と呼ばれる「スープのある一日」という物語仕立てのプレゼンで、首脳陣を説得したことで知られる。

 1999年に第1号店がオープン、素材を生かしたスープが若い女性を中心に評判を呼び、今では首都圏や名古屋を中心に約50店舗を構えるまでに成長した。趣味で個展まで開く遠山社長の感性と、商社マンが持つビジネスの展開力が融合した不思議な会社だ。

 人気の秘密は「無添加」と「細部へのこだわり」にある。同社のスープは化学調味料、合成保存料などを使わず、素材の持ち味を生かす。店舗作りにも、細心の注意を払う。椅子からテーブル、壁の絵、照明、カップや包材のデザイン、スタッフのユニフォームまで徹底してこだわっている。森住さんも、そんな社風にひかれた。

5年に1度のプレゼンテーション

ah_too.jpg 遠山社長(右)と話す森住さん(左)

 2008年2月末。JALから話が持ちかけられると、早速メニューの検討が始まった。無駄なコストはかけられないため、従来のトレイや食器をそのまま使用する。どう、新しい息吹を吹き込むか。食品開発の担当者と、20近いメニューを絞り込んでいった。

 JAL側へのプレゼンは3月28日。その前夜、遠山社長にプレゼンの資料を見せた。遠山社長はメニュー見本の写真を撮り、視覚に訴える内容に資料を叩き直すと、穴をあけて綴じ、裏表紙に黒い型紙をつけた。

 ビジネスライクだった資料が、あっという間に1つの作品に変身した。「こんなプレゼンをやるのは正直、5年に1回だよ」。遠山社長の言葉に、高揚感がみなぎった。あの伝説の「スープの一日」以来ということか。JAL側はどんな反応をするだろうか――。

 「ON THE SHIP Soup Stock Tokyo×Japan Ariline」。プレゼン資料の表紙には、そう書かれていた。単なる機内食の提案ではない。料理やトレイに敷くシート、飛行機の機体を模したロゴマークまでデザインしたコンセプトの提案、新しいブランドの立ち上げだった。

 JAL商品・サービス企画部のマネージャー、田中誠二さん(44)はプレゼンに聞き入っていた。「トレイや食器は同じものを使っているのに、コンセプトを変えるだけでここまで印象が変わるとは正直期待していませんでした。無機質だった機内食が生まれ変わった。食材もトレイのシートも斬新で、色使いが美しい。さすがだなと思いました」

 プロジェクトにゴーサインが出た。就航までに与えられた期間はわずか2カ月。コンセプトは立派でも、オペレーションに落とし込むのがビジネスの難所。壁は次から次へと立ちはだかってきた。

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