“ネットと政治”を考える(前編)――オバマにできたことが、なぜ日本の公職選挙法ではできないのか?(2/6 ページ)

» 2009年05月01日 13時50分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

オバマの「三位一体の戦略」

田中 オバマ現象とは何か? ニューヨークタイムズのコラムニストは「America has never seen anything like the Barack Obama phenomenon(オバマ現象のようなことは今まで米国ではなかった)」と書きました。何がこれまでなかったかというと、(オバマ現象では)4つのものが動いたのです。1つ「サイレントマジョリティが動いた」、2つ「インターネットが動いた」、3つ「著名人やアーティストが動いた」、4つ「国境を越えて動いた」ということです。


 「4つのものを動かすためにどういう仕掛けがオバマにあったか」というと、「三位一体の戦略」というものがありました。「土俵を設定する」「参画意識を醸成する」「コミュニケーションレバレッジを効かせる」という3つです。コミュニケーションレバレッジとは簡単に言うと“直接話法”ではなくて“間接話法”ということです。「当事者が直接相手に言うよりも、第三者を通じて同じメッセージを伝えた方が、相手に対する影響力が高い」ということです。オバマはこの3つのことを戦略的に仕掛けたことによってオバマ現象を起こし、米国で初めて4つのものを動かしたのです。

 1つ重要なポイントだったのは「土俵の設定」です。先ほど申し上げたように(現代米国社会では)多様化がどんどん進んでいます。情報がどんどん増えていき、その消化能力がだんだん薄くなる中で、共通する認識がどんどんとれなくなっていく。つまり、お互いが共有できる考え方、“土俵”というものが作りにくくなってくるわけです。オバマのやったこととは「土俵を初めに作った上で選挙を戦った」ということです。

 オバマの土俵とは「これからはChangeなんだという時代認識を共有しよう」「Changeすることで自信を失っていた米国が大いなる希望を持てる」「そのためには原点回帰(が大事)」という3つの認識を共有することでした。

 オバマの弱みは「無名」「無実績」「黒人」です。しかし、(3要素が入った)土俵が浸透する、国民の意識の中にこういう共通の理解が浸透すると、オバマは「従来の延長線上にない将来のリーダー」とポジショニングされるのです。逆にマケインはこの土俵の上で戦うと、強みであった「有名」「実績」「白人」ということが、逆に弱みとなり「従来の延長線上の過去のリーダー」と位置付けられてしまいます。コミュニケーションの戦略から見た時に、オバマはいち早く国民の中にこういう共通の認識を浸透させたのです。この土俵を設定する上でネットが非常に大きな力を発揮したと思います。

 そして、そういう土俵を設定した上で参画意識を醸成するために、例えばメッセージ性の違い(を出した)。皆さんご存知、「Yes, we can」ですね。「we」でメッセージを発したのは、米国の大統領候補として初めてです。通常は「I」で「Yes, I can」です。そして、その中に自分の主張があり、「米国にどう自分が貢献できるか。相手より自分の方がいかに良いか」という発想が入ります。

 一方、オバマの場合は逆で、すべてのスピーチが感謝から始まります。「米国に感謝、自分がここにいるのは米国のおかげ。(自由な米国だからこそ)希望が持てるんだ。自信を持っていこう」という「I」と「we」の違いがあります。

 さらに、パーソナライゼーションということで、勝利演説の時には106歳のおばあちゃんの話をしました。「このおばあちゃんは米国の建国の理念を実現するいくつかのチャレンジを乗り越えてきたんだ」と1人のおばあちゃんを例にしながら話をしていく。「自分自身も実は黒人と白人のハーフ。でも、大統領になれた」というように米国の建国理念のすばらしさを唱え、自分の経験をパーソナライズして伝えようとしています。

 また、100%個人献金で620億円を集めました。これは米国でも初めてのことです。そして献金の中立性を訴えることで、その献金システムそのものがメッセージになる。またいったん献金した人は当然ながら参画意識があるので、彼らを囲い込んでいく。それからオバマモバイルなどを提供し、専用アプリケーションを活用するなどして、メディアより早くいろいろな動きを伝えることで独自のメディアを作っていった。(大統領選挙のキャンペーン中に)1300万人のメールアドレスを集めたそうです。

 最後は「第三者からの発信」です。ネットによる口コミ世論を醸成する、インフルエンサーの影響力がネットによって大きくなる、さらには海外までが燃えていく。自分以外の人たちが彼を支持するメッセージをどんどん出していくという発想になっているわけです。「オバマは世界で初めて、ネットによって大統領になった」とある意味で言えるのではないかと思います。大統領選挙でオバマはネットを非常に有効に使い、大統領として選ばれた。すると、ネットを通して大統領になったわけですから、当然ながら今度は大統領になった上でネットを政治とどう絡ませるかというのが、これからオバマを見る上で1つの重要なポイントなのかなと思います。

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