“幸せな最期”のために――三つ葉在宅クリニック院長 舩木良真さん(2/4 ページ)

» 2009年05月01日 07時00分 公開
[GLOBIS.JP]

理念と経営効率の両輪を回す

 こうした戦略を、“ITによる効率化”が下支えしている。専属のSEを雇い、携帯電話からでも確認できる独自の電子カルテを導入。「血圧や酸素の取り込みも安定しています」などの文言は定型として登録され、診療や移動の合間に入力できる。当初は3時間かかっていた医師の事務作業を30分程度に短縮した。

 また患者の情報を集約した「サマリー」を同僚医師、看護師、ヘルパーと共有することで、“在宅医療のジレンマ”も取り除いた。在宅の現場では、人間として付き合ってくれ、自分のためにベストを尽くしてくれる、という医師と患者の信頼感が重要。だから、主治医制は守らないといけない。しかしそれでは医師は休めない。ここに難しさがある。

 患者の症状、処方、往診記録だけでなく、性格など主治医しか知りえない暗黙知まで“見える化”することで、ほかの医者でも同じような対応がとれ、患者に不安を与えないシステムを創った。看護師、ヘルパーとの“情報格差”もなくなり、連携もスムーズになった。

 すべて、戦略を仲間と徹底的に語り合った結果だ。自分たちの強みは何か、ターゲットは誰か、何がコアバリューにあたるのか、どのようにプロジェクトマネジメントしていくのか……。経営学の分析ツールやフレームワークを用いて、仕組みを考え出していった。

 ビジネススクールでの学びは大きい。「クラスで教わることが、そのまま現場に生きる毎日。ケースを自分に置き換えて聞いているから、とても濃密。一言でいうと、視野が広くなっていうことに尽きます。医療を立体的に見れるようになったというか、色々な切り口で見ることができるようになった。例えば他の産業と比べたり。それがマーケティング、経営戦略、財務、すべての局面で生きている」

 舩木さんは昨年、ビジネスを体系的に学ぶグロービスのオリジナルプログラム(GDBA)の取得も決めた。クリニックの医師ほとんどが、ビジネススクールに通っている。

医学も経営学も、現場ではキレイにいかない

 限界もある。

 開業して間もないころ、「定量的な評価が必要」との議論が持ち上がった。学校で、何事も定量的に評価するよう耳にタコができるほど教え込まれたし、受講生仲間からも、「数字がないと組織は成長しない」とアドバイスを受けた。医師ごとに訪問件数をグラフにして、クリニックの壁に貼り始めた。1カ月すると、雰囲気が変わる。医師たちが数字を見て、「これだけやっているから大丈夫」と安心するようになった。生産性を管理しようとした結果、大切な理念である「患者本位の医療」の視点が薄くなってしまったのだ。

 医療の現場でも、同じように“理論”が通用しない局面が多い。

 「痛みを伴う点滴はしない」。そう約束して、信頼を築いた男性がいた。だが、男性が意識を失った時、家族の了解を得た上で点滴を打った。男性は意識を取り戻し、妻とゆっくりと話をする時間を持つことが出来た。その時、「点滴を打っていいか」と確認すると、「やっぱり点滴はしたくない」と言った。翌日、消化管の下血を起こし、亡くなった。

 「ありがとうね。母さんの方がお礼言わなきゃね。定年のハワイ旅行はだめだったけど、いっぱい遊んだね」

 涙をこぼしながら男性の手をさする妻を横目に、「すみません」との言葉が口をついて出た。点滴をしたことが、最後の夫婦の時間を作った。結果だけを見ればよかったのかもしれない。でも男性は、病気のこと、奥さんに迷惑をかけたくない想い、最期は静かに迎えたい気持ち、色々な思索が交錯するなかで、「点滴はしない」という決断をしたんじゃなかったのか。その想いを裏切った。自分の選択は本当に正しかったのか――。

 「医学と患者さんを診る“医療”は全然違う。経営も同じで、学校で学んだことはすごくきれいなことだけど、実際の経営の現場ではそんなにうまくいかないです。どちらも常に何が正しいか分からない中で意思決定を迫られるんです」(舩木さん)

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.