因縁の地で“優しい男”は何をしたのか? インドネシア味の素 山崎一郎さんひと物語(4/5 ページ)

» 2009年04月20日 07時00分 公開
[GLOBIS.JP]

現地スタッフの自主性を引き出す

 組合やビジネススクール、そしてインドネシアでの経験を通して、人と会社の距離感について考え続けた山崎さんには、1つの結論がある。

 どこの会社にいってもやっていけるだけのマーケットバリューを持った人材を育成しながら、その人材をずっと引き留め続ける魅力的な会社であること。二律背反のようだが、両立しないと、強い組織はつくれない。

 組織として人を守るのに充分な基盤が整った今、個々の能力を引き出す試みも始まっている。その象徴が、毎週部長クラスを集め行っている「井戸端会議マネジメント」だ。

 テーマ、やりたいことを説明したう上で、「私では実現のためのプロセスを作るのは無理があるので、手を貸して欲しい」と意見を求める。そうやってしゃべれる「場作り」をすると、普段めったなことでは自己主張をしない現地スタッフが生き生きと意見を主張し始める。やる気や主体性をうまく引き出せていると、実感する瞬間だ。

 最近は、そういった井戸端会議を仕切れる人材の育成にも力を入れている。副社長という立場上、現場のスタッフの育成にまで口を挟むのは若干気が引ける。直に接して自己成長に協力できるのはマネジャークラスまで。その層が仕事のプロセスや意識を変えれば、カスケード式に組織が進化を遂げるきっかけになりえる。

 女性の総務部長がいる。とても優秀でヘッドハンティングで引き抜いた人材だが、担当分野のすべての会議に顔を出し、多くの仕事を抱え込んでしまうタイプだった。重要な定期会議の際には、「会議の間は自分の机に座っていること。部下を信じて、彼らが結果を持ってくるまで待ちなさい。方針徹底、報告は会議の前後に時間を取って個別に行うこと。その方が明らかに効率的だし、責任を感じて部下も育つ」と繰り返しアドバイスし、今、ちょっとずつではあるが、彼女もその部下たちも、変わりつつある。

 指示待ちの仕事が当たり前のインドネシア人を育成していくには、日本人よりも数倍の時間がかかる。それでも価値観を押し付け、管理することにさほど意味はない。部下と方法についての意見が異なっても、結果にある程度の歩留まりを設けたり、万が一失敗したときのことも考えておけば、ある程度は安心して任せられる。たとえ小さな仕事でも、最初から最後まで自分で仕事をコントロールした経験は、将来にきっと役立つはずだ。

 もちろん、仕事の成果に責任を持つ立場として、リスクもある。でも、その後には必ずいいことがあると信じている。現地スタッフの内にある能力を引き出すために、「絶対あきらめない」と自分に言い聞かせている。

 「日本人スタッフが具体的な指示を出し続けていたら、何年経っても仕事の幅が広がらない。現地の人が自ら問題を発見して、解決していくようにしないと、この国の競争には勝っていけないんです。それが2800人全員に行き渡るかどうかわかりませんが、今種をまかなかったら、10年後も花は咲きませんから」

心の拠り所になる組織を目指して

 ただ、心配もある。インドネシアでは優秀な人材はすぐに流出してしまう。手塩にかけて育てた部下が引き抜かれてしまう可能性もある。では、会社と個人のかすがいになるものは何か。制度の透明性や公平性といった基本的なことはもちろん、組織の懐の深さが重要ではないかと、感じている。

 山崎さんが、ひそかに楽しみにしている“儀式”がある。

 日本人スタッフが帰国するとき。現地スタッフが、当時日米で絶大な人気を誇ったアンディ・ウィリアムスの出演で話題を呼んだ60年代のCMソング「マイファミリー『AJINOMOTO』」を、インドネシア語で歌ってくれるのだ。

 「いつでもどこでもわすれないあのころあしたもかわらないマイファミリーあじのもと」

 日本ではとうに忘れられ、化石となったCMソングだが、ここではずっと歌い継がれている。肩を組んでにこやかに、そして誇らしそうに合唱するインドネシアスタッフの姿が、どこか懐かしく、ほほえましい。高度成長期、会社は一つの共同体だったことを思い返す。

 今、周囲を見渡せば、会社組織は以前と比べドライな場所になりつつあるのかもしれない。でも、同僚が抱える様々な背景を知り、1人の人間として付き合うような、ウェットな関係も必要だと思う。

 「仕事がバリバリできる人でも、飲みに行くとポロッと愚痴をこぼしたりする。人間弱くなるときは必ずあります。正直自分も、組合の時はとんがっていて、いろいろな人に叱られ、支えられて、ここまでやってこられた。少し変わっていたり、異質だったり、弱くなったからといって排除するのではなく、何かあったときには、支えあう組織であってほしい。互いに深く理解しあっている仲間に囲まれた組織こそ、個を幸せにできる“心の拠り所”になるのではないでしょうか」

 10年後、インドネシアスタッフはどんな成長を遂げているだろう。この3年間で皆と築いた骨組みの上に、それぞれの従業員が、自分の特徴を生かしたデザインを施し、前を歩いた人がふと振り向くような、思いも寄らない建物に創り上げてくれているといい。

 自分が違和感という不確かな綱を手繰り寄せ、居場所を見つけたように、会社という組織に身を預けつつ、なお独自の花を咲かせようとする気概を、と思う。そして、そのときも、「マイファミリー『AJINOMOTO』」を口ずさんでいてほしい。

 強い組織を創るため、この国で自分がやるべきことは、まだまだたくさんある。

 オリジナルのフレームワークやマトリックス、赴任中にやりたいことなどを書き込んできた小さなメモ帳は、今、63冊目になった。(以上、GLOBIS.JP「ひと物語」より転載)

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