因縁の地で“優しい男”は何をしたのか? インドネシア味の素 山崎一郎さんひと物語(2/5 ページ)

» 2009年04月20日 07時00分 公開
[GLOBIS.JP]

マイナスをゼロまで引き上げる

インドネシアの首都ジャカルタ

 インドネシアに赴任してから1年が過ぎると、ようやく仕事も一巡し、さまざまな施策を実施する下地が整った。

 組織運営の基本的なポリシーを3つ掲げた。

「良い労働環境」

「ルールを整備する」

「公正な評価」

 はじめに手をつけたのは、社内規程の整理。外部の信頼できるコンサルタントと連携し、インドネシア国内にある本社、4支店、1工場の間での規程の違いを項目ごとに調べ上げ、運用の違うものを洗い出していった。

 驚いた。

 医療費の計算方法、早期退職対象の年齢、残業代の計算方法、子ども手当ての人数制限、病欠中の賃金支給など、次々と相違点が明らかになっていく。「やはり、ひとつの会社としてはまだまだだな」。違いの1つ1つを一本化したドラフトにそろえていくとともに、さまざまな情報を本社で管理、コントロールするような仕組みが必要と、強く感じた。

 その1つが、全従業員データ管理と給与支払をインドネシア本社に集中させる取り組みだ。将来のデータの更新にも役立ち、支店の支払業務も軽減することができる。日本であれば一見シンプルそうな作業だが、インドネシアではまず、従業員に銀行口座を開設させるところから始まる。

 元々給与を現金払いしている事業所が多く、ほとんどの従業員は銀行口座を作ったことすらない状況では、号令をかけてみたところで、組織は動かない。趣旨を理解してもらい、浸透させるためには、地道なコミュニケーションの繰り返しが必要となった。

 まずは各支社の人事総務担当者を納得させなければ、下に伝わっていかない。日本人であればすぐに理解できる「3つのポリシー」を伝えるにも、工夫をこらし、現地の人が好きなサッカーに例えた。「もし地面がでこぼこだとプレーヤーは気持ちよくプレーができない。ルールがあいまいでは正しい動き、判断はできない、ジャッジが迷っているといい試合はできない」と、ことあるごとに話し続けた。始めは興味なさそうに聞いていたのに、サッカーの例えに変えると、目つきが変わった。

 また外部の調査で指摘された“コミュニケーションギャップ”を埋めるための「補助階段作り」にも力を入れた。末端のスタッフからみれば、自分のポジションは雲の上の存在。ましてやインドネシアと日本の文化、価値観、背景の違いを考えれば、こちらの意図は想像を絶する壁に阻まれる。長い歴史の中で始めて、インドネシアスタッフを日本へ“逆駐在”させたり、本社内に数人の日本在住経験者を採用・配置することで、コミュニケーションの“のりしろ”として、活躍してもらった。

 全従業員のデータ管理と給与支払いシステムは、2010年4月完全実施を目標に現在そのプロセスを進めており、ルール統一された規定も徐々に浸透している。組織が、少しずつ変わりつつある。「マイナスからゼロにする仕事」と山崎さんは謙遜するが、その目線の先には、キャリアを通じて追い続けてきた、組織と個人の“幸せな関係”が、ある。

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