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» 2009年04月17日 15時30分 UPDATE

「映画は熱意で大きくなっていくもの」――滝田洋二郎監督、『おくりびと』を語る (1/3)

第81回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『おくりびと』の滝田洋二郎監督は4月16日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見を行った。アカデミー賞受賞の反響や死生観について語った会見の内容を詳細にお伝えする。

[堀内彰宏,Business Media 誠]

 第81回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『おくりびと』の滝田洋二郎監督は4月16日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見を行った。『おくりびと』は都会で仕事を失ったチェロ奏者の主人公(本木雅弘さん)が故郷に帰り、遺体を棺に納める「納棺師」として働く姿を描いた物語。内外100人ほどの記者を前に行った会見と質疑応答の内容を詳細にお伝えする。

ah_zentai.jpg 『おくりびと』の滝田洋二郎監督(中央)

おくりびとは奇跡の映画

ah_okuri.jpg 『おくりびと』

滝田 先だって思いもよらずアカデミー外国語映画賞をいただきまして、本当に勇気付けられ、自信にもなりました。アカデミー(賞関係者)の皆さんや、映画そのものに感謝したいと思います。何よりもうれしかったのは、日本映画の俳優や技術をしっかりと認めていただいたことです。それは本当に誇りであり、一番うれしいことでもあります。

 結果としてオスカーというものをいただきましたが、この映画の始まりは本当に先の見えない困難なものでした。まず、「主人公が納棺師」という題材そのものが非常にネガティブといいますか、あまり日本人が触れたがらない死の世界のことで、それを映画化するに当たってはデリケートさが非常に要求されたと思います。納棺師を主人公に映画を作ると、「一体どんな映画になって、お客様にどういう風に見ていただけるのか」ということが、僕自身全然見えなかった状態で映画の準備を進めていました。

 この映画は主に山形県の庄内地方で撮っています。準備の段階で、山形の地でいろいろな人に会ったり、いろんな取材を悩みながらしました。転機になったのは、この映画でも大切なシーンである納棺の現場に立ち会った時で、(その時から)何かが変わったような気がします。

 初めて納棺の現場に立ち会った時は、正直恐る恐るで、怖かったです。しかし、納棺師の仕事を見ているうちに、亡くなった方を送るという素晴らしい行為とその気持ち、そして非常に不思議な空気に包まれていることに驚きました。そこには音がないんです。出る音というのは衣擦れの音であるとか、(布きんの)水をキュッと絞る音、そして息を殺した誰かの息遣い。

 その静かな不思議な空気の中で人を送る、亡くなられた方の人生を祝福する、イコールその人の生きてきたこと、生きることを尊敬する。残された方には多様な感情があるようで、泣いていらっしゃるかと思うと、いきなり笑い出したりもする。「死んでなお、人はずっと何かを残していくものなのだな」と強く感じました。

 そこから僕の気持ちが変わったような気がします。山形には美しい大自然がありますが、現実としては非常に疲弊してる地方の実態の中でロケ地を探さなければいけませんでした。しかし(それまではロケ地探しに苦労していたが)、例えば寂れた映画館、潰れてしまった映画館、あるいはお客が来なくなったお風呂など、日本人が心の拠り所としていたところがすごく素敵に見えてきたのです。消え行くもの、滅び行くもののはかなさのようなものに強くひかれました。非常に撮りづらい場所、負の場所であると思っていた山形が、「実はこの映画に最適な場所だ」と気付きました。それ以来、山形の地で何かに導かれたようにいろんなものに出会って、いろんな人に出会ってこの映画が完成できたと思います。

 一方、先ほども申し上げましたが、この映画をビジネスとして展開する場合には、「死を扱った映画なんかとんでもない」という日本の風潮がありまして、当初はなかなかお金が集まりませんでした。「少しでもたくさんの方に映画を観てもらいたい」という思いで単館上映を目指して進め、(反対もあったが上映に)賛同してくださった方もたくさんいらっしゃって、出会った方のエネルギーが全部プラスになっていって今の状態になりました。

 結果としてすべてが大正解になりましたが、これはきっと日本の映画の中でも非常にまれな映画です。映画が完成してから公開まで13カ月もかかりました。通常こういうことは考えられないので、僕のいら立ちはどんどん増し、周りに怒りばかりぶつけていました。「宣伝が難しい」ということと「どういう風に受け入れられるか」がみんな分からなかったのです。結果的には、(2008年9月1日に)モントリオール世界映画祭で賞(グランプリ)をいただいた(参照リンク)後にいきなり勢い付いてきました。地道な宣伝努力の甲斐もあり、あれよあれよという間に米国に行ってオスカーを手にすることができました。非常に奇跡の映画だと思っています。

 今、「映画というのは本当に生き物である」と思います。そして、「映画の始まりは誰にも分からないし、終わりも誰にも分からない。だから、映画は面白いものだ」と思います。

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