ロックギタリストはなぜ、音楽サイトの編集長になったのか(前編)――BARKS編集長・烏丸哲也さん嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(2/4 ページ)

» 2009年04月11日 10時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

インターネット時代が音楽業界にもたらした「変化」とは?

BARKSの編集長、烏丸哲也さん

 「インターネット時代になってから、世の中に流布する音楽情報は、音楽に対する愛情も、情報自体の正確さも失われてしまったと思うんです」と、烏丸さんは話す。

 かつて音楽ファンは、好きなアーティストの情報を得たい時には、書店巡りをしたものだった。あれこれ立ち読みしていればそれなりに必要な情報が得られたし、何より書店には、その道に通じた“街の頑固オヤジ”ともいうべき事情通のスタッフがいたのだ。そうした人物との日常的な会話を通じて、自分の世界を広げることができたものである。

 それはレコード店においても同様だった。本と違って、LPやCDは購入前に店頭で中身を確認しにくい。それだけに余計、あれやこれやと商品を物色しつつ、顔なじみで信頼の置ける専門スタッフとの対話を通じて、ユーザーはアーティスト・楽曲の魅力やその特徴に触れることになる。時には聴きたい音楽を店内で流してもらうなどして、ユーザーは納得ずくで商品を選び、購入することができたのである。

 しかし1990年代以降、インターネットが普及するのと並行するように、ユーザーが書店・レコード店巡りをしてゆったりと品定めをする“文化”は衰退していった。それに伴って、そうした街の書店やレコード店にいた、事情通の専門スタッフたちも、いつしかいなくなっていった。

 こうして、アーティストや楽曲と、エンドユーザーの間を媒介する役目を担う場所や人間がほとんど消え去り、多くの場合、インターネット上の記事が、ユーザーにとっての唯一の情報源となっていったのである。

音楽への愛情がない人々が、音楽情報を配信していて良いのか?

バンド時代の烏丸さん(左)

 「(音楽雑誌など)旧来型の紙媒体の人々がインターネットを嫌って適切な対応をしなかったという点は確かにあります。しかしですよ。IT関連企業を中心に、インターネットで音楽情報を提供するようになった人々は、もともと音楽好きではなかった。音楽に対する知識も愛情もない人々が大多数を占めていたんです。

 そして彼らは、PVを稼ぐことにのみ価値を置いたんです。本来、アーティストをいかに格好よく見せるかを考えなければいけないはずなのに、本末転倒して、Webサイトを格好よく見せることに腐心したんですね(苦笑)。最初にビジネスモデルありきで、コンテンツが置き去りにされてしまったんですよ。

 その結果、何が起きたかと言えば、音楽好きのユーザーが心から欲しいと願うような情報は、まず得られることはなくなった。そればかりか、表面的でしかないその情報は、正確性という点でも信頼度の薄いものとなっていったんですよ」と、烏丸さんの言葉は、厳しくも鋭い。

 「このアーティストやこの楽曲には、こういう常套句を当てておけば良いって感じで書かれたステレオタイプの情報が多いんです。分かりやすい例だと、新譜が出ると『待望の……』なんてよく書かれますよね。一体、どこの誰に、どういう点で待望されていた楽曲なのか、あるいは演奏なのか、それでは全然分からないわけですよ。

 でも、音楽好きが欲しい情報というのは、まさにそういうことじゃないですか? 肝心のことが書かれていない『情報』で、果たして人の心が動かされるでしょうか?」

 音楽好きの1人として筆者自身の経験を振り返っても、烏丸さんの指摘は、誠に正鵠を得ていると感じる。

 20世紀の終わり頃から、そうした現象はWebサイトのみならず、世の中で広く見られるようになった。

 例えば、大手CDショップ。そのCDの内容(楽曲や演奏、音質についてなど)を来店客に紹介するためのPOPを参考にして、CDを買う人は多いはずだ。しかし現実には、CDショップのスタッフがそのCDを聴かずに、使い古された常套句だけを並べて「適当に」書いていたりするケースがある。

 「聴かずに書いて大丈夫なんですか?」と懸念を口にするアルバイトに対して、正社員のスタッフが、「いちいち聴いていたら、いくら時間があっても足りないだろう」と言う場面に居合わせたときには、筆者は心底、驚愕したものだ。

 しかし今にして思えば、それは時間の有無ではなく、担当スタッフの専門知識や能力の欠如という問題だろう。さらに、より根本的には、スタッフはもとよりそのショップの経営そのものの在り方に、音楽に対する愛情が欠如していたということなのだろう。

 烏丸さんが編集長を務めるBARKSでは、音楽業界をめぐるこうした状況を改め、音楽好きにとって真に価値ある情報を提供し続けることで、アーティストとユーザー双方にとって好ましい環境を構築し、業界の再活性化を図ろうとしているのである。

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