すでに文庫・新書バブルは崩壊? 勝ち残るのはどこ出版&新聞ビジネスの明日を考える(2/5 ページ)

» 2009年04月06日 07時00分 公開
[長浜淳之介,Business Media 誠]

佐伯泰英、海堂尊らの驚異の速筆が文庫本を支える

 さて、文庫本の売れ筋といえばまず挙げられるのは歴史物だ。

 本来は時代考証を前提とした英雄が登場する歴史小説と、時代的背景を借りて自由にストーリーを展開する時代小説は区別されるが、書店の書棚では歴史物として同じコーナーで展開されることが多いので、ここでは一緒に記述する。

 歴史物というジャンルにおいて、当代最大のヒットメーカーは佐伯泰英であり、その驚異的な執筆のスピードから「月刊佐伯泰英」とまで言われる。しかも彼の作品は基本的に時代小説の書き下ろしで、雑誌やハードカバーの単行本を経ることはない。文庫で買うしかないので、佐伯泰英のチャンバラワールドにハマってしまった人は、足繁く書店の文庫コーナーに通うことになる。

 それも『吉原裏同心』(光文社文庫)、『密命』(祥伝社文庫)、『居眠り磐音江戸双紙』(双葉文庫)、『交代寄合伊那衆異聞』(講談社文庫)、『酔いどれ小籐次留書』(幻冬舎文庫)などといったように、いくつかのシリーズが複数の版元のレーベルから、同時進行的に出ている状況である。

 佐伯泰英は元々、スペインや闘牛をテーマにしたノンフィクション、ミステリーを書いていた作家だが、内容はともかく日本人に縁遠い場所が舞台だったため、売れなかった。なかば強制的に日本の時代小説に転向させられたら、当たったらしい。

北方謙三の『三国志』

 佐伯泰英に限らず、元々は他の分野で名を成した作家が歴史物を書いて文庫本の売れ筋になるケースも多い。ハードボイルドの作家として知られた、北方謙三の『水滸伝』(集英社文庫)や『三国志』(ハルキ文庫)はその典型だろう。近作『血涙』上・下(PHP文庫)も好調だ。

 3月に発売された新刊で注目は、山本兼一の『雷神の筒』(集英社文庫)。『利休にたずねよ』(PHP研究所)で2008年下半期の直木賞を受賞した作家だ。

 またミステリーでは自らが医師でもある、海堂尊の医療エンターテイメントが売り上げ上位に多数ランクされている。主な作品には『チーム・バチスタの栄光』上・下(宝島社文庫)、『ジェネラル・ルージュの凱旋』上・下(宝島社文庫)、『ナイチンゲールの沈黙』上・下(宝島社文庫)、『螺鈿迷宮』上・下(角川文庫)などがあり、宝島社文庫の“ドル箱”である。海堂尊も佐伯泰英と同様に筆の速さには定評があり、毎月のように書き下ろし長編が書けるタフな筆力が、ベストセラー作家には要求されるようだ。

 東野圭吾も個性的なキャラクターの主人公の活躍で読ませるミステリー作家として人気が高い。『容疑者Xの献身』(文春文庫)や、『探偵ガリレオ』(文春文庫)などのほか、警察官『加賀恭一郎』シリーズの『私が彼を殺した』(講談社文庫)などの作品がある。こちらは文春文庫の“ドル箱”である。

 海堂尊『チーム・バチスタの栄光』と東野圭吾『容疑者Xの献身』は2008年、ともに作品が映画化されており、それとともに人気がさらに高まった面もある。

映画絡みの販促から、上下刊合わせて1つになる装丁も

 映画やTVドラマがらみの最近のヒットに関係する文庫としては、百瀬しのぶ『おくりびと』(小学館文庫)を挙げたい。これは、第81回アカデミー賞外国語映画賞の映画をノベライス、つまり小説化したもの。小説が原作として先にあるのではなく、マンガやゲームのノベライズと同じく、逆の流れの作り方として注目される。しかし、現状では映画の原案となった青木新門『納棺夫日記』(文春文庫)の方が売れている模様だ。

 『ダ・ヴィンチ・コード』(角川文庫)の第2弾としてゴールデンウィーク後に公開される映画、『天使と悪魔』の原作、ダン・ブラウン/越前敏弥訳『天使と悪魔』上・中・下(角川文庫)も、各書店で大々的に展開されている。

 TVドラマからのノベライズでは、碇卯人『相棒』シリーズ(朝日文庫)に根強い人気がある。

 毎年ヒットする、NHK大河ドラマ関連本では、原作『天地人』の主人公である直江兼続やその主君である上杉景勝を描いた小説、童門冬二『小説直江兼続』(集英社文庫)、藤沢周平『密謀』上・下(新潮文庫)に期待がかかる。

 一方、『実伝直江兼続』火坂雅志編(角川文庫)は小説『天地人』の著者による、さまざまな作家の直江兼続観をまとめた本。『軍師直江兼続』(成美文庫)は、ドラマを見るための基礎ガイドの趣の本だ。

ステファニー・メイヤー/小原亜美訳『トワイライト』(ヴィレッジブックス)

 販促面では上・下分冊した本を売る工夫として、2冊合わせて1つの絵柄になる、書店で平積みで並んで置かれるのが前提の装丁も登場している。

 今邑彩『いつもの朝に』上・下(集英社文庫)、ステファニー・メイヤー/小原亜美訳『トワイライト』(ヴィレッジブックス)、海堂尊『ジェネラル・ルージュの凱旋』『ナイチンゲールの沈黙』上・下(いずれも宝島社文庫)、乙一『GOTH』(角川文庫)、重松清『疾走』(角川文庫)、桐野夏生『柔らかな頬』『グロテスク』上・下(共に文春文庫)などがある。

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