長崎港から約18キロ先に浮かぶ「軍艦島」(正式名:端島)をご存じだろうか? 「昔、石炭が採掘されていた」「廃墟となったコンクリート造りの建物が並んでいる」といったことをイメージする人も多いのでは。軍艦島は炭坑の開発とともに“栄えていった”が、国のエネルギー転換政策によって、1974年に閉山した。やがて人が去り、廃墟と化した軍艦島は立ち入り禁止に※。そして閉山してから35年……長い年月を経て、ようやく観光客が足を踏み入れることになりそうだ。
長崎市は世界遺産国内候補地となっている軍艦島について、観光客などの上陸を解禁すると発表。さらに同市は1億5000万円の費用を投じ、桟橋と見学用の通路を整備。幅2メートル・長さ230メートルの通路を島の南側に設け、そこから崩れかけた高層アパートや学校などを見渡すことができる。
長崎市の決定を受け、JALは「池島と炭鉱坑内体験と軍艦島に上陸の旅2日間」のツアーを発売。かつて石炭産業で栄えた2つの島を訪れる旅で、1日目は九州最後の炭鉱だった池島へ。そして2日目は軍艦島に上陸するというもの。5月23日出発のツアー予約を受け付けたものの、定員20人は完売(料金は東京発・大人1人で5万9800円)。このためJALでは、ツアー日程を追加するほどの好調ぶりだ。
また近畿日本ツーリストも、「軍艦島上陸と長崎近代化産業遺産群」というツアーを販売。4月末から上陸許可となる軍艦島に「いち早く上陸できる」のがウリで、ツアー期間は4月から10月までを予定している。軍艦島への上陸時間は2時間30分ほどで、このほか旧グラバー住宅や小菅修船場(ソロバンドッグ)などを訪れる。価格は1泊2日で2万6800円(大人1人)から、各ツアーの定員は40人。
JALと近畿日本ツーリスト、両方のツアーに同行するNPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」の坂本道徳理事長は「軍艦島にある建物は崩れてくる危険性があるので、近づくことは難しい。(軍艦島に上陸することで)軍艦島の昔を考えていただき、そして未来も考えてほしい」と話した。
“軍艦島上陸ツアー”を販売するのはこの2社だけではなく、今夏には数社が参入する予定だ。現在、軍艦島は遊覧船から見ることができ、年間の観光客は約1万2000人。しかし今年は、上陸ツアーの観光客を含めると「1万5000人〜2万人ほどになるのでは」(坂本理事長)と見ている。これまで廃墟と化した建物をイメージして、“幽霊島”とも揶揄(やゆ)されてきたが、上陸できることで軍艦島ブームが訪れるかもしれない。
軍艦島は正確にいうと長崎県長崎市高島町にある「端島」(はしま)の俗称で、戦艦「土佐」に島影が似ていることから名付けられた。場所は東経129度45分、北緯32度39分に位置している。大きさは南北約480メートル、東西約160メートル、面積は約6.3ヘクタール、周囲1.2キロメートル、海抜47.7メートル。
1810年ころに石炭が発見され、1890年(明治23年)に三菱が島全体と鉱区の権利を買い取り、海底炭坑として操業が開始された。その後、八幡製鉄所に製鉄用原料炭を供給する島として、国の保護を受けながら発展していった。1916年(大正5年)には、日本初の鉄筋コンクリート造りの高層集合住宅が建築された。最盛期の人口は5200人で、「人口密度は世界一だった」ともいわれている。
しかし昭和30年代の後半から、エネルギー改革の嵐を受け合理化が進み、1974年1月15日に閉山。同年4月20日をもって船の定期便が廃止され、島民は軍艦島から去った。閉山時の人口は2200人だった。
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