電子書籍はキャズムを超えられるか?――iPodに学ぶ普及への道現役東大生・森田徹の今週も“かしこいフリ”(4/4 ページ)

» 2009年03月24日 07時00分 公開
[森田徹,Business Media 誠]
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 これほど良好な環境が揃っているのに、なぜソニーの「LIBRIe(リブリエ)」やパナソニックの「ΣBOOK(シグマブック)」は国内撤退の憂き目にあったのだろうか

ソニーの「LIBRIe(リブリエ)」(左)、パナソニックの「ΣBOOK」(右)

 答えは技術的には簡単な話だ。どちらも、画像詰めZIP/RARファイルにも、PDFにも対応せず、さらに悪いことに現在のテキストの主流である青空文庫形式テキストファイルにも対応せず、BBeB形式やシグマブック形式などの独自形式に頼ったことだろう(パナソニックは後継機のWords GearでPDFと青空文庫形式に対応。しかし電子ペーパーではなく液晶ディスプレイを搭載したこともあり2400台しか売れなかった)。結局のところATRAC3での失敗、つまりはプロプライエタリの亡霊※を振り切れなければキャズムは超えられないということだ。

※プロプライエタリ規格とは、自社技術で構成された独自規格のこと。初期のネットワークウォークマンはATRAC3/ATRAC3plusという独自形式ファイルにしか対応せず、そのせいで全く売れなかった。独自規格がデファクトスタンダードになれば、ライセンス収入で大儲けできる。当時のソニーはMDでの甘い汁が忘れられなかったようだ。

 合法配信をやるならば、既存のファイル形式に何かしらの著作権保護技術を上乗せする形がスマートだろう。欲を言えば、ここでも独自技術を使うより、普及しているAdobe Readerでも読めるAdobe eBook形式などを使う方が廃れる心配がなくてユーザーとしては安心なのだが。

 さらに当時特有の欠点もある。iPodは2001年のデビュー当時からギガバイト単位のHDDを搭載していたのに(その後、NAND型フラッシュメモリーの登場で容量はさらに増加した)、これら端末が128MBほどのメモリースティックやSDカードを抜き差しさせるようなカセット式の思考形態から脱せなかったのも普及に至らなかった要因の1つだろう。

 最後にiTunesに相当するような管理ソフトが存在しなかったことも普及に至らなかった原因の1つだ。もちろん、Appleはソフト・ハードの両方を手がける希有な企業であるからこそ、iTunesを開発できたということもある。しかし、PDFや画像詰めZIP/RARファイルを管理する電子書籍のフリーソフトの中には、UIの完成度が非常に高いものもある。個人が開発できるようなUIならば、日本を代表する電機メーカーであれば実装できるような気がするのだが、それは筆者の高望みなのだろうか。

 以上の議論を踏まえて、音楽事業で示した表に電子書籍市場の現状を対応させると以下のようになる。

背景

  • コアMacユーザーの存在 → 有名巨大掲示板の住人たちの存在
  • MP3の普及 → PDFや画像詰めZIP/RARファイルの普及
  • P2Pの躍進による違法コピーの氾濫 → 幸か不幸か氾濫している
  • 既存メディア(CD)からの移行技術の浸透 → ScanSnapなどのスキャナが普及
  • iPod miniの登場(価格の低廉化) → 今後の課題

技術的仕様

  • iTunesの高い完成度、分かりやすいUI → 開発陣に期待
  • オープンなファイル・フォーマットへの対応 → 開発陣に期待
  • HDD搭載による大容量化 → NANDの大容量化と低価格化

 すでに電子書籍の市場環境は整っている。後は適切なファイル形式に対応し、適切な仕様を満たし、適切な管理ソフトやUIを持った素晴らしい端末の投入を待つばかりだ。

近くて遠い電子書籍の未来

 前項では主観性の強い持論を展開してしまったがいかがだったろうか。「まず、電子書籍配信をもっと積極的にせよ」という意見もあるかもしれないが、デジタル音楽産業の発展から考えて、端末が普及しないと合法電子書籍配信にGOサインを出す出版社はそう多くないだろう。非合法のファイルが拾い上げられる可能性はあっても、既存のコンテンツを再生できる端末を投入しないとどうにもならないのである。

 ここでまた違法配信の倫理問題についてゆっくりと議論していると、著作権についても自由の国である米国に先を越されることは想像に難くない。AmazonにApple……グローバルなライバルは多い。それに、端末で稼いでデータ配信はオマケというビジネスモデルでないと、1データ数十円という低流通コストは実現できないだろう。これもなかなか厄介なところだ。

 端末自体に必要とされる技術は、E ink(参照リンク)を筆頭としたモノクロ電子ペーパーの台頭でかなり良いところまできている(電子ペーパーの視認性は液晶モニタよりはるかに優れている)。さらに、数日前にはカラー電子ペーパーがようやく普及品として出回ることになったようだ(参照リンク)。先行きは明るい。

 ところで、「Safari Pad」ともウワサされるAppleの新しい電子端末、ウワサの1つに電子書籍端末かもしれないというものがある。iPhoneが「Apple Reinvents the Phone(Appleが電話を再発明する)」だったから、今度は「Apple Reinvents the Book(Appleが本を再発明する)」だろうか。グーテンベルクによる活版印刷の実用化以来の本のReinvent、これはこれで期待したいことの1つである。

 書籍出版点数の増加に見られる質の低下(活字の劣化)や再販制度・委託販売制度、現在の取次構造やパターン配本の問題点など、語り残したことは多いような気がするが、論拠はとにかく電子書籍について書きたいことは書けたので筆者は満足している。前々回があまりに週刊誌的な内容だったので、ここ2回は「かしこいフリ」の連載タイトル通り論文テイストの記事にしてみたのだがいかがだったろうか(最後で論文テイストから逸脱してしまったが……)。

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