コラム
» 2009年03月05日 07時00分 UPDATE

郷好文の“うふふ”マーケティング:1つのサッカーボールから――Football For All People (1/2)

デニム地を縫い込んだサッカーボール、エヴァンゲリオン調の柄のサッカーボールなどをデザインした株式会社imio(イミオ)。人生をサッカーにかけているimio倉林啓士郎社長の思いを沼田健彦広報ディレクターから聞いた。

[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷 好文

マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・実行、海外駐在を経て、1999年より2008年9月までコンサルティングファームにてマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。 2008年10月1日より独立。コンサルタント、エッセイストの顔に加えて、クリエイター支援事業 の『くらしクリエイティブ "utte"(うって)』事業の立ち上げに参画。3つの顔、どれが前輪なのかさえ分からぬまま、三輪車でヨチヨチし始めた。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 まず、下の写真を見ていただきたい。左上のサッカーボールは、EDWINのデニム地を五角形に縫い込んだもの。ジーンズのブランド“503”にちなんで、503個の限定ボールが作られた。生地はアウトレットのB級品である。

 右上のカラフルな柄はアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』とのコラボ制作品、エヴァファンならピンとくるデザインだろう。左下のドクロはフットサルフリーペーパー『ハヤブサマガジン』とのコラボで、地雷の絵の脇には「地雷を蹴っ飛ばせ!」との言葉が入っている。

ah_sfidaballs.jpg

 ユニークなサッカーボールの企画・制作をしたのは、株式会社imio(イミオ)のフットサル・サッカー用品ブランド「SFIDA(スフィーダ)」。SFIDAとは、イタリア語で「挑戦する」という意味。サッカーボールは手縫いで、生産地はパキスタン。フェアトレード※を推進しており、収益は地雷除去活動にも振り向けられる。

※フェアトレード……発展途上国で作られた作物や製品を適正な価格で継続的に取引することで、生産者が持続的に生活を向上できるようにすること。

 imioの最年長従業員は28歳。社長の倉林啓士郎さん1人で始めた挑戦だったが、この春にはメンバーが11人を超え、サッカー1チームの人数がそろった。そんな彼らは何に挑戦しているのか? imioの沼田健彦広報ディレクターに東京・自由が丘の「フットボールカフェ スフィーダ」で話をうかがった。

ah_DSC00287S.jpg フットボールカフェ スフィーダにて

仕入れても仕入れても売れなかった日々

 「昔の問屋とは違うことをやりたい」

 imioは商品の企画力でデザイナーとメーカーを結び付け、面白いものがどんどん出てくるような業態を目指している。事業は大きく分けて3つあり、「フットサル競技者向けのSFIDA(試合球やウェア)やMUNICH(スポーツシューズ)などスポーツ用品小売・卸売事業」「インテリア・雑貨の卸売事業(SFIDA、KODUE HIBINOなど)」「インテリア小売・コンサルティング事業」。冒頭のサッカーボールは試合球ではなく“インテリアグッズ”なので、2つ目の事業からの商品である。

 6年前、まだ学生だった倉林さんは、経済産業省主催の「かばん持ちインターンシップ」に参加した117人のうちの1人。あるIT企業社長のかばんを持ち、ベンチャーの風を感じたことで、外資系コンサル会社の内定を蹴ってその会社に就職した。同社では初めての新卒社員だった。しかし、IT事業とどこか肌が合わなかったために退社し、起業してゼロから出直すことを決断する。「グローバル・トレーディング」というスケールの大きな名前の会社を立ち上げて渡欧、紅茶やコーヒー、スリッパや雑貨などを仕入れた。

 帰国すると、フリーマーケットに出品、ネットショップも立ち上げた。だが、ポツポツとしか売れない。同期は社会人として立派になっていくのに、しぼむばかりの毎日。そんな時、新聞を読んでいた倉林さんは、1つの記事に注目した。「年間2000万個以上生産されるサッカーボールの70%がパキスタンで手縫いで生産される」、しかも「児童就労で作られるケースもある」という内容だ。

 中学高校ではサッカー部のキャプテン、JFLの練習生にまでなった倉林さん。自分の半生をかけたサッカーのボールが、そんな劣悪な環境で生産されていたことにショックを受けた。

サッカーを通じて何かできないだろうか?

 そこで「何とか売り上げに貢献したい」と思い、サッカーボール1000個をパキスタンに発注した。しかし、入荷したボールを抱えて、学校へ営業をかけたがさっぱり売れない。スポーツ用品チャネルは大手の系列会社が握っており、倉林さんには信用もブランド力もない。ならば「オリジナルデザインで差別化しよう」と考えたが、1000個分発注するのは難しい。

 だが、そんな事情を知り合いのテレビディレクターに話すと「面白いじゃないか」と言われた。そして、2005年11月29日放映の「ガイアの夜明け『若者よ! 会社を創れ 〜第2の堀江、三木谷は誕生するか?〜 』」で、若手起業家の1人として、倉林さんの苦闘する姿が放映された。

 撮影はパキスタン・シアルコットの縫製工場でも行われた。すると、「(倉林さんは)日本のテレビ局の一流クルーを連れてきた」と工場側が驚き、それがきっかけになって「新しいビジネスを一緒にやろう」と意気投合することになった。そして、100個のオリジナルデザインが実現した。

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