約10年の山行中の思案を経て、リミュウさんは起業を決意。2006年に仕事を辞め、フルタイムで開発に没頭した。「なぜ思い切れたのですか?」と聞いてみた。
「それはボクの代わりに働いてくれる妻がいたからさ」
妻だけではなく、彼の母も会社に出資している。周りの温かいサポートを得て、生活費を切り詰めながら、最初は地元の図書館でファラデーの法則などの勉強をした。そして自宅のキッチンで、運動エネルギーを回収する知識を考えた。
そこから分かったのは、人間の動きは身長や体重、BMI※に関わらず、ほとんど一定していること。人は誰でもだいたい同じ動きをするのだ。そのメカニズムを解明して、いかに効率よく運動エネルギーを回収するか、そのエネルギー回収技術は新しい開発テーマだった。
仕事を辞めてから数カ月後、自宅の地下室(築150年、6メートル四方のサイズ)にワークベンチ、試験用具、工具類をそろえて開発をスピードアップさせた。近所の地元の工場でパーツを作ってもらい、組み立てて試作品を作る。それを持ち歩いて、バックパックに入れて市中を歩く。現実の状況で発電テストを繰り返して修正を重ねた。地元(クリーブランド)だけではなく、ニューヨークやサンフランシスコを旅した時もテスト品を持ち歩いた。
テストに次ぐテストを繰り返し、製品化のメドがついた2008年の春、自宅から数ブロック離れた場所に小さなオフィスを構えた。そのオフィスで市場に受け入れられるデザインを詰めて、ついに最終試作品が完成した。
2009年1月、ラスベガスで開かれたCESにnPower PEGを出展すると、大きな注目が集まった。日本企業を含む多くの販売代理店候補を獲得し、2010年からは米国外での発売も予定している。10年をかけての開発という登山、いよいよ頂上に到達しようとしている。
何がリミュウさんを起業へと突き動かしたのだろうか?
もちろん多くの人が身体の動きで発電できるデバイスを利用すれば、電力消費が抑えられて地球温暖化防止に役立つ。だがそんなお題目だけではない。彼はこう言う。
「私の夢は、誰もがどこにいても、愛する人と連絡を取れないことがないようにすること。危機的な状況に陥った時、携帯電話の電池が切れて連絡ができないのはつらいから」
再びロッククライマーのトッド・スキナー氏の話に戻る。ヨセミテで転落死する直前、リーニングタワーと呼ばれる山壁から彼は登山家の友人に携帯電話で連絡をとり、こう言ったという。
「Stuck on ice slope ... crampons failing ... send Pop Tarts.(氷壁で身動きできない。アイゼンがだめだ。ポップ・タート(ケロッグのトースト状のお菓子)を送ってくれ)」
人類のため。大げさではなく、そんな使命感があるからこそ、起業家は最初の一歩を踏み出せる。そしてその一歩が、次の一歩のエネルギーとなる。携帯発電というリミュウさんの山行は10年の苦難を経て、間もなくゴールにたどり着こうとしている。
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