iPodが発見したブルー・オーシャンとは――「戦略キャンパス」「4つのアクション」で分析岡村勝弘のフレームワークでケーススタディ(2/3 ページ)

» 2009年02月18日 07時00分 公開
[GLOBIS.JP]

「ブルー・オーシャン」を引き出す「戦略キャンパス」と「4つのアクション」

 さて今回は、iPodの成功を「ブルー・オーシャン戦略」にあてて説明してみたい。ブルー・オーシャン戦略は、前回紹介した「デルタモデル」よりは知名度も高く、多くの経営者が実践しようともしているため、詳細を知っている人も多いだろう。

 『ブルー・オーシャン戦略』(W・チャン・キム、レオ・モボルニュ・著、ランダムハウス講談社・刊)によると、(ブルー・オーシャン戦略は)「ライバル企業を打ち負かそうとするのではなく、むしろ、買い手や自社にとっての価値を大幅に高め、競争のない未知の市場空間を開拓することによって、競争を無意味にする」こととある。しかも、競合を大きく凌駕する全く新しい技術の投入や、市場参入のタイミングによって勝機を取るのではなく、差別化と低価格化を同時に満たし、顧客にとっての「バリュー・イノベーション」を実現すれば、従来品の延長線上にあるような技術・商品であっても広いビジネスの地平を切り拓けるものとしている。

 アップルは、ソニーや松下電器産業などが携帯デジタル音楽プレイヤーの技術・デザイン競争に明け暮れているそのときに、後発で性能的には大差のない商品(むしろ低いという見方すらある)を投入して圧勝した。そして今も圧倒的なシェアを維持し、高収益を上げている。まさに、血みどろの競争が繰り広げられている場(レッド・オーシャン)を尻目に、未知の市場空間(ブルー・オーシャン)を切りひらいたと言える。

 ブルー・オーシャン市場を自社のものにできれば素晴らしいことは理解できる、しかし、どうやって切りひらけばいいのか。アップルのひらいた市場と、ソニーや松下がしのぎを削った市場は具体的に何を異にしていたのか。

 ブルー・オーシャン戦略では、ブルー・オーシャン市場を築きたい人のために「戦略キャンパス」、「4つのアクション」と呼ぶツールを用意している。順を追って説明しよう。

 ブルー・オーシャン市場を探すために、まず既存の市場について戦略キャンパスを作成する。市場で競合各社が何に投資しているか、製品、サービス、配送などの何を強みにしているのかを横軸に取り、顧客にとっての各要因の価値の高さを縦軸に示す「価値曲線」を作るのだ。これを携帯デジタル音楽プレイヤーで説明すると例えば以下のような図ができる。

 ここで着眼すべきは、当該の市場がレッド・オーシャンであるとすると、競合各社、自社ともに多少の差異はあれど、基本的には酷似した価値曲線を描くということだ。競争の激化したレッド・オーシャンでは、競合の提供する製品・サービスに対して後れを取ることがないように目を光らせ合うため、次第に非常に似通った価値を提供するようになる。

 一方、ブルー・オーシャンでは、これらと異なる価値曲線を目指すことが重要となる。この際、全く新しい技術などによって、これまでにない市場の創造を目指すのではなく、既存市場を決定づける要因を問い直し、市場を再定義するのがブルー・オーシャン戦略の大きな特色の1つである。

 具体的には、「4つのアクション」によって、(売り手が重要と考えているが)買い手が不要と考える要因を除き、他方で既存市場では提供されていなかった新たな価値を追加する。「Eliminate−業界常識として製品やサービスに備わっている要素のうち、取り除くべきものは何か」、「Reduce−業界標準と比べて思いきり減らすべき要素は何か」、「Raise−業界標準と比べて大胆に増やすべき要素は何か」、「Create−業界でこれまでに提供されていない、今後付け加えるべき要素は何か」という検討を経て、低価格化と差別化の双方を満たす「戦略キャンパス」を再構築していくのである。

 これらの図は正確な事実に基づかない点もあるが、iPod開発当時の状況を推察しながら筆者が独自に作成してみた。

 まず当初のアップルは、ソニーなどに比べて技術優位はないと考えた。また、大量生産を担保できていない状態では、精密機械の製造技術も高くはないと判断した。ブランド力も、長く携帯音楽プレイヤーを販売してきたソニーらと比べると見劣りする。

 しかし一方で、「ナップスター」など、インターネット上の配信サービスを利用して音楽を無料で楽しむパソコンユーザーが台頭してきた米国では、手持ちの音楽CDから楽曲を携帯プレイヤーに移し変えるよりも、好きなときに好きな曲だけをダウンロードして聴くことが当たり前となりつつあった。ユーザーは、新曲を誰よりも速く手に入れたい。しかも簡単に。無数にある音楽から好きなものを探し出すためには検索性も重要だ。

 インターネットを介した音楽配信サービスは、ソニーも1999年12月に先鞭をつけている。しかし、自らも音楽レーベルを運営するソニーは、コピー防止にこだわった。加えて、「ATRAC」と呼ぶ独自の圧縮技術に固執した結果として、多くの楽曲を集めることができなかった。他方、自社レーベルというしがらみのないアップルは、各社から音楽・動画といったソフトを集積してくることができた。また、多くのミュージシャンやデザイナーが愛用するパソコンを提供してきた背景から、最初から一定数の音楽のヘビーユーザーを顧客として抱えている強みもあった。

 アップルが、こうした「戦略キャンパス」を描いてiPodの戦略を検討したかは無論、定かではないが、市場環境や自社の強みについて検討する過程で、プレイヤーの性能競争やマーケティング競争に正面から参入するのではなく、コンテンツ(楽曲)の権利関係に関わる問題解決こそが自らの強みを引き出すことに気づいていったのではないかと筆者は推測している。

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