オンナ心をわしづかみ!? ソニーのVAIO type Pそれゆけ!カナモリさん(3/3 ページ)

» 2009年01月16日 15時35分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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1月14日 「ソニーVAIO type P」がオンナ心をわしづかみ!

 「予約しないと買えない!」とネットで話題騒然のソニーの「VAIO type P」。実際に購入予約をしたり、検討したりしているのは、どうもPCのヘビーユーザーだけではない。幅広いユーザーの心、特に女性ユーザーをきっちりつかんでいるようだ。

 キャッチコピーは“小さい、軽い、美しい。「ポケットスタイルPC」誕生”。コピー通り、 CMでは歩く女性の、ジーンズのポケットにタイプPがしっかりと収まっている。

 確かに「美しい」。カラーリングのキレイさや、仕上げの質感の良さが伝わってくる。まさか本当にポケットに入れて歩くことはしないだろうが、「小さい」、「軽い」もよく分かる。よくできたCMだ。魅惑的な女性のヒップラインに目を奪われることなく、商品に目が引きつけられる。

VAIO type P(出典:ソニー)

 冷静になって、商品スペックを見てみる。

 液晶は1600×768画素と高解像度だ。メモリも標準で2GB載っている。ソニーらしく、Bluetoothも搭載している。

 CPUはインテルのアトム。なるほど。「ソニーも“ネットブック(ミニノート)”市場に参戦」と噂されていたことがよく分かる。

 5万円を切るか切らないかで激しい価格競争を繰り広げている、ミニノートPCと呼ばれる低価格ノートパソコン市場。ソニーは、オシャレな外観とちょっと豪華なスペックを盛り込み、10万円前後(価格はオープン)という価格で乗り込んできた。倍近い価格にもかかわらず、購入予約をしているのはどんな人なのだろう。

 ヨドバシカメラで聞いてみた。「予約されている方の半数以上が女性ですよ」。店員は語る。「ネットブックは本来セカンドマシンの位置付けなので、決してスペックが高いとは言えないので1台目のPCとしてはあまりお勧めしないとご説明しているんですが、女性の方は固くご購入を決めて予約されておりまして」と、予約者の様子まで教えてくれた。

 タイプP、オンナ心をわしづかみだ。

 顧客が製品を購入する主たる理由をKBF(Key Buying Factor)という。ノートPCで考えれば、軽さやバッテリーの持ち、画面の見やすさ、タイピングしやすいキーピッチなどが挙げられるだろう。確かにタイプPはそのいずれも満たしている。しかし、予約者の過半を占めるという女性たちのKBFは、恐らくそれだけではないだろう。

 マーケティングの大家、フィリップ・コトラーの提唱した「製品特性3層モデル」で考えてみる。「製品」は、「中核」「実体」「付随機能」の3つに分けられる。「中核」とは顧客が製品やサービスの購入で手に入れたい主たる便益を表す。「実体」とは製品の特性を構成する要素である。「付随機能」とは、上記に加えて、製品の中核価値に直接的な影響は及ぼさないが、その存在によって製品の価値を高めている要素を表す。

 ノートPCを購入するにあたって、顧客が手に入れたいと考える「中核となる価値」は、「持ち運んで便利に使えるPC」であることだ。そして、その「中核」を実現するための製品の「実体」は、「小さくて、軽くて持ち運びに便利」なことだ。電源の心配をしなくともいいという「バッテリーの持ち」も欠かせないだろう。さらに次の段階は、それがなくとも「中核となる価値」は損なわれないが、あればより魅力的な製品となる要素としての「付随機能」だ。ここにソニーは「美しい」という要素を持ち込んだのである。

 財やサービスは、人間の成長と同じように、導入期、成長期、成熟期、衰退期という「製品ライフサイクル」を描く。その観点から考えると、製品の市場が成熟化するに従って、製品を構成する価値の要素が、「中核」から次第に「実体」「付随機能」へと、3層の外へ外へと移行していくのが常だ。

 例えば、既に成熟期を迎えているコンパクトデジタルカメラの市場は、「キレイにデジタルで画像が残せる」という「中核」である画素数競争に始まり、薄さやコンパクトさという「実体」の競争を経て、昨今では、「そのままブログやSNSに画像をアップできる」とか、「プリント機能が付いている」といった「付随機能」の競争となっている。

 ネットブック市場が早晩、成熟化することは目に見えていたと言えるだろう。しかし、ソニーのすごさは、そこに「価格競争」を持ち込まなかったことだ。10 万円前後といえば、相場の倍の価格。それを、「美しい」という付随機能で、通常のネットブックとの戦いをあっさりと回避したのだ。

 「小さい、軽い、美しい」メインマシンとして購入するのであれば、通常のノートPCに比べればその価格はむしろ割安に映る。ユーザーの利用ニーズがケータイからの乗り換えであれば、まさにネットブックらしい使い方であり、スペックの問題は全くない。

 ソニーが女性層をタイプPで本当に狙っていたのかは定かではない。しかし、潜在的な女性のニーズをしっかりととらえたことだけは確かなようだ。

 製品のスペックなどだけを考えるだけでなく、ターゲットと、そのKBFをじっくる考えることの重要性を改めて認識させられた気がした。

 →これは理想の低価格ミニノートPCなのか!?――「VAIO type P」徹底検証(前編)

 →これは理想の低価格ミニノートPCなのか!?――「VAIO type P」徹底検証(後編)

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサ ルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディ アへの出演多数。 一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


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