“作品”ができるまでには、数カ月に渡る工程がある。まず、梁さんと木地師石塚さんが使用材を選定する。そして石塚さんが木取り、削り、開口部加工、組手加工、本組みなどを行い、ビス穴加工と作動検査をして、木のPCケースができあがる。それを漆の塗装工程仕上げに送って完成だ。
紹介した両作品の漆師は、「伝統を守りながらの新しい挑戦」をモットーとする佐藤公さん。漆の工程は1日1工程の気の遠くなるようなもの。布を着せて(麻布をのり漆で貼り付ける)、粉付けを繰り返し、さび付け・さび研ぎ、それから何層にもわたる漆塗り。だから数カ月かかる。世界に1つしかない品、手袋をして神妙に木箱から取り出す。
漆を使うなら高価格になるのは仕方ないとして(漆無しの普及価格PCは35万円から)、なぜ漆を使うのか? また、ケース内のPCパーツの修理やソフトの更新はどうなるのか? そもそも誰がどんな思いで買うのだろうか?
漆を使う理由は、PCの発熱対策である。PCボードは発熱で50度以上にもなるので、木が焦げたり焼けたりしないか心配になるが、熱い料理にも耐えられる漆なら100度でも大丈夫。だから、漆は内側にも塗る。また、熱をファンで後部に放出するだけでなく、サイドに逃がす工夫もある。
スペックはCPUがCore2 Duo T9500(2.60GHz)と、現時点で最高のものを搭載する。PC業界でのハードやソフトの変化は一段落し、外部インタフェースの機構や位置などの大きな変更は数年はないだろう。だからPCパーツをそっくり交換することで、ケースは長年使用できる。近々Blu-ray Discにも対応するという。
実質的な販売開始は2008年3月、伊勢丹で開催された「ちょい、あそび展」でのこと。そこで3台売れた。「人脈で売ったのもあります」と豪快に笑う梁さんだが、お客さんには2つのタイプがいるという。外観の美しさにほれて美術品として買う人と、PCの知識があり用具にこだわりが欲しい人。だが、どちらにも共通している思いは「自分だけのPCが欲しい」だ。
「“注文文化”を取り戻し、用具の価値観を変えることが成熟した日本市場で必要だ」と私は思う。昔の道具は注文主が「こういうの作ってくれ」と言い、作り手が「これですか」と応え、使い手が「おおこれだ、オレが欲しいのは!」と返すという関係で作られていた。この関係が大量生産時代にすっかり消滅してしまった。
それはプロダクトアウト※でもなく、マーケットイン※※でもない。作り手と使い手が価値をともに醸成する関係だ。“白手起家(バイソーチジャ=何もないところから生み出す)”で台湾のPC技術と日本の漆を融合させた梁さん、注文文化での新たな展開を期待したい。
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