原油価格暴落がもたらす、ロシアの“揺らぎ”藤田正美の時事日想

» 2009年01月05日 09時28分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”


 わずか4カ月ほど前まで1バレル147ドルもしていた原油価格が今では40ドル前後。エネルギー消費国にとってはホッと一息といったところだが、生産国にとってはもちろん死活問題。OPEC(石油輸出国機構)は減産によって相場押し上げを図るものの、世界同時不況の最中とあって、効果は限定的というか、ほとんどないと言ってもいい。

 石油輸出収入が減ることが政治的な不安定をもたらす可能性があるのがBRICsの一角を占めるロシア。そのロシアは、またウクライナと「ガス戦争」をしている。ウクライナが親欧米の大統領と親ロシアの首相に割れていることもあって、政治的に揺さぶりをかけようという裏の狙いがあるのだろうか。表向きには、ウクライナが代金を払わないから止めるというのがロシア側の説明である。

ウクライナとロシアとの「ガス圧」戦争

 かつて2006年の1月にもロシアはウクライナ向けのガスを止めたことがある。このときもガスの料金の問題でもめたからだった。それまで「身内価格」だった料金を、親欧米政権が誕生したこともあり「国際価格」に値上げするよう要求したのである。それが5倍に上げるという話だから、ウクライナもおいそれとはのめず、結局ロシアはガスの元栓を締めた。

 ウクライナへのガスのパイプラインは、その後、欧州に通じている。ウクライナの取り分の分だけガス圧を下げたが、ウクライナがガスを取ったために欧州まで届かなくなって大騒ぎになった。この騒動の余波で、欧州はロシアへの警戒感を強め、両者の関係は極度に冷え込んだという経緯がある(昨年から、関係の改善が図られている)。

 今回は、ウクライナがガスを取らず、備蓄してあるものを使うとしているから、欧州への供給不安という問題は当面は心配なさそうだったが、いくつかの国ではガス圧が下がったりしているという(これに関してロシアはウクライナがガスを「盗んだ」として非難している)。そしてロシアとウクライナはこの問題に関してそれぞれへの支持を得ようと、欧州各国への働きかけを強めている。欧州にしてみればエネルギーの約2割をロシアに依存しているだけに、うかつにウクライナに肩入れすることもできない。

 しかしロシアはロシアで大きな問題を抱えつつあるようだ。1月3日付けワシントンポスト紙に掲載されたマーシャ・リップマンさんのコラムがその事を指摘している(関連リンク)

 2008年12月、ロシアの政治家であるアナトリー・チュバイス氏は、ロシアに深刻な経済的、社会的さらに政治的混乱が生じる可能性は五分五分だと彼女に語ったという。

 プーチン現首相が権力基盤を築いてきたのは1にも2にも原油価格が値上がりしてきたからだった。それによって1998年には債務不履行に陥ったロシアは一気に財政状態を健全化し、一時は外貨準備が6000億ドルにも達していた。今ではそれも4分の3に減ったとされている。

 とにかくロシアには経済問題が山積している、と彼女は言う。投資家がいなくなり、株式市場は暴落、さらにロシアは財政黒字がこのところ8年間続いていたが、2009年には財政赤字になるという。そして2009年の経済成長率がマイナスになる可能性もある。労働者に対して週労働日を2日とか3日に制限する企業が増えている。失業率はこのところきわめて低い状態にあったが今は上昇中だが、ロシアにはこうした失業者をケアするだけの十分なセーフティネットはない。

 それに多くのエコノミストは、現在はまだ最悪の状況とは言えず、2月、3月はさらに悪くなるとしている。独立系の調査機関レバダ・センターは、国民のムードが一気に暗くなっていると報告している。国が正しい方向に向かっていると考える人と、間違った方向に向かっていると考える人の割合が、昨年9月には61対24だったのに、12月には43対40になったという。

目が離せないロシアの動向

 前回にもちょっと触れたが、ウラジオストックで輸入車の関税引き上げに抗議するデモがあった。この関税引き上げはもちろんロシアの国内自動車産業を保護するためである。どのぐらいの規模かはっきりしたことは分からなかったが、彼女によれば「数千人」だったという。このデモに対して、政府は地元警察ではなく治安警察を送り込んでデモを「鎮圧」した。そして国営テレビ放送は、この事件をまったく取り上げなかったという。

 それでもプーチン首相の支持率はやや低下したとはいえ依然として80%台を維持している。しかしそれも経済危機が深刻化し、政権内のさまざまな問題が露呈してくれば、変わってくると彼女は予想する。中国の社会不安も目を離せない状況だが、ロシアがこれからどう動くかはそれ以上に目が離せないと言えるかもしれない。

関連キーワード

ロシア | 政治 | 原油高 | 金融危機


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.