向谷実氏が考える鉄道と音楽(前編)――発車メロディ3つのオキテ近距離交通特集(3/3 ページ)

» 2008年12月23日 12時00分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]
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発車メロディの改善が、乗客の安全や運行の遅れ防止につながる

 発車ベルから、耳に優しい発車メロディへ。それはエンターテイメントでありコンテンツである。発車メロディは鉄道会社の意識改革の象徴といえそうだ。もちろん、乗客誘導という実用性も備えている。ただし、実用性の考え方がベルとメロディでは違うという。

 「京阪電鉄では、発車案内放送がすべて自動化されています。出発可能な時刻を逆算して発車メロディを流すのです。(ほかの鉄道会社では)発車ベルは車掌さんが鳴らしますが、京阪電鉄の発車メロディは自動化されているので、車掌さんはなにもしなくてもいい。『このメロディが終わったら自動放送が流れてドアが閉まりますよ』という習慣が(お客も車掌も)できています。車掌さんは音を出す作業をしないぶん、安全確認に集中できます」

 メロディ、案内放送、ドア閉め、発車。このリズムが固定されていると、お客さんにもメリットがある。メロディが鳴り始めた時に、自分がどの位置にいるかで、無意識に乗車可能か否かを判断できるようになるのだ。メロディが流れた時、自分がホームにいたら手近な扉から乗車すればいい。メロディが流れた時、自分がホームへの階段を下りる途中だったら、間に合わないから次の列車にしようと判断できる。その結果、駆け込み乗車などの危険を減らせると向谷氏は言う。

 「せっかく発車メロディを採用しても、2コーラス鳴らす人もいれば、2秒で止めてしまう人もいる。車掌さんの裁量なんですね。だからダイヤによっても鳴る時間が変わる。もし、発車メロディが“必ず何秒流れます”という保証があれば、お客さんも乗るかどうか判断できる。流れ始めた時ならまだ間に合うとか、曲の終わりだったら『もう間に合わないから次の列車にしよう』とか」

京阪電鉄の路線図と停車駅。向谷氏の作曲した発車メロディは、このうち京阪線17駅で使用されている

駅や列車、鉄道全体を音楽で演出する

 せっかく発車メロディを採用しても、運用が発車ベルと同じなら効果がない。発車メロディが流れ始めても、それが数秒か1秒か分からない。これではホームに停車中の列車に乗るか無理かが分からない。だからお客さんは、ギャンブルのような駆け込み乗車を試みる。向谷氏は発車メロディについて「鳴り始めてから何秒後に扉が閉まりますよ」という“お約束”が必要だという。

 「発車メロディには、警報や乗降促進という意味もあります。だけど昔のように、早く乗れよ的な発車ベル、発車メロディの時代は終わっていると思う。もちろん混んだ電車に乗ってもらわなくちゃいけない時もあるでしょう。そういうときはリズムで促せると思うんです。京阪電鉄でも忙しい時間帯が多い列車については3拍子を使っている。電車に乗ろうとするときに、4拍子だと落ち着いちゃうんですよ。3拍子で“くるっと回って乗ってね”みたいなね(笑)。そういうリズムを意識して作っています。

 京阪電鉄のように、音楽と自動放送を組み合わせると、お客さんも間が取りやすくなる。駅や列車ごとに違う音楽にすれば、音で列車の種別や駅の識別ができる。そうした実用性とエンターテインメント性を備えて、統一感を出す。演出ですね。駅や列車、鉄道全体を音楽で演出する。それは今までになかった考え方です。でも、鉄道会社が考えなくちゃいけないことだったと思いますよ」

 ただ耳に優しくしただけではない。向谷氏が作った京阪電鉄の発車メロディは、実用面とエンターテイメント性を兼ね備えた“楽しい保安装置”であった。

 インタビュー後編では、発車メロディというビジネスについて語っていただくので、お楽しみに。

 →向谷実氏が考える鉄道と音楽(後編)――発車メロディというビジネス

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