インタビュー
» 2008年11月21日 20時10分 UPDATE

あなたの隣のプロフェッショナル:製薬会社を辞め、銀座でバーを開いた理由――阿部佳則氏(後編) (1/4)

夢を実現するために、順調な仕事を捨ててられる人はどれくらいいるだろう? 東大を卒業、製薬会社で成功していた阿部さんは、周囲の反対を押し切ってバーテンダーという道を選んだ。その影には、どんな想いがあったのだろうか。

[嶋田淑之,Business Media 誠]

 日本を代表するバー激戦区の東京・銀座。有名なバー、老舗のバーが軒を連ねる銀座に、わずかオープン半年ながらマスコミに多数取り上げられ、そしてたくさんのビジネスパーソンに支持されている店がある。

 そのバーの名は、「Bar Healing Water」――オーナーは、東京大学を卒業後、大手製薬メーカーのビジネスマンとして活躍していた阿部佳則さん(38歳)である。前編では、阿部さんと同店の魅力の一端をお伝えした。後編となる今回は、その阿部さんが、あえてエリートビジネスマンとしての道を捨てて、バー開業という道を選んだ理由と経緯を明らかにしたいと思う。そこにはどんな想いがあったのか、そしてたった1回の人生における自己実現を、阿部さんはどのように考えているのだろうか。

 →銀座で“癒やしのカクテル”を作る、東大卒バーテンダー――阿部佳則氏(前編)

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異色の学生時代――ボクシング、銀座のパブ、そして北海道で牧場住み込み

ay_abe_03.jpg 「Bar Healing Water」オーナーの阿部佳則さん

 1970年、高度成長期のピークを迎えた日本。大阪万博で湧きかえる華やぎの中で、阿部佳則さんは、東京の麹町に生まれた。双子座のB型。

 スポーツマンだった彼は、中学時代はサッカー部の左ウィングとして、高校時代は、剣道部員としてアクティブな学生生活を送った。子どものころから家で動物を飼っていた彼は、獣医を目指し、一浪して東京大学理科2類に進学する。

 しかし阿部さんの大学生活は、同窓の筆者から見ても、かなり異色である。「体育会ボクシング部に入りまして、駒場(教養課程)、本郷(専門課程)ともに、主将を務めました。階級はフライ(51キロ)級で、プロのジムにも通いました。戦績ですか? 15戦して11勝4敗。関東大学トーナメント(3部)では、2年連続で優勝することができました」。そう淡々と語るが、プロボクサーもかくやという輝かしい記録である。

 アルバイトもまた阿部さんならではだ。ふつうの東大生であれば、家庭教師や塾講師で手っ取り早くお金を稼ぐものだし、筆者もそうだった。だが、彼は違った。

 「いろんな人と出会って、自分の世界を広げるため」と、銀座ソニービルにある伝統的ブリティッシュパブ「PUB CARDINAL」で、時給900円のアルバイトをしたのだ。「お酒も好きでしたし、何より接客が好きでしたから」と微笑む阿部さんだが、獣医への道は順調だったのだろうか?

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