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» 2008年10月31日 20時50分 UPDATE

嶋田淑之の「この人に逢いたい!」:リクルートで学んだ起業家精神で世界進出――「エコトワザ」大塚玲奈社長(後編) (1/3)

“環境外交官”として、日本の優れた環境技術を海外に伝えるビジネスを行っている株式会社エコトワザ・大塚玲奈社長。起業前勤めていたリクルートでは大活躍し、新人賞を受賞した。リクルートでは貴重な経験を積むことができたと彼女は振り返る。

[嶋田淑之,Business Media 誠]
ah_ootuka.jpg エコトワザの大塚玲奈社長

 古来、自然と調和して営まれてきた日本伝統の「匠(たくみ)の技」。転換期を迎えつつある世界のエコロジー(環境活動)で、日本には環境問題予防に貢献できる技術がある。それを世界に紹介し、普及しようとしているのが株式会社エコトワザの大塚玲奈社長(28)だ。

 日本の産業界では「リクルート出身の起業家は優秀」と言われ続けてきた。それゆえ、起業家志望の大学生は今なお同社を受験するとされる。リクルートを経て起業家となった大塚さんは、どんな人生経験を積み、何を思ってリクルートに入社したのだろうか? そしてリクルートで何を学んで、どう現在の活躍に結び付けているのだろうか?

 →日本の隠れたエコ企業を発掘せよ!――「エコトワザ」大塚玲奈社長(前編)

「外国」だった日本

ah_kodomo.jpg 米国の幼稚園にて

 大塚さんは1980年7月、東京都生まれ。商社に勤務する父親の転勤で、2歳から10歳まで米国ニューヨーク州で暮らした。そしてこの経験が、彼女の人生に決定的な影響を及ぼすことになる。

 米国ではピアノや乗馬など豊かな趣味を持ち、現地の人々と交流するなど、快適な生活を送っていたようだ。しかし、彼女には1つ悩みがあった。

 「私は自分のことを米国人だと思って疑うことはありませんでした。日本の記憶がなかったこともあって、私にとって日本はむしろ未知の外国でした。でも、米国人の子どもたちからは『お前は日本人だ』と言われました」

 大塚さんは10歳の時に日本へ帰国し、小学校4年生に編入した。しかし、「今度は外国人と呼ばれまして」と彼女は思い返す。「どこに行っても結局、自分は異邦人。私って一体誰なんだろう」、そんなやるせない想いが彼女の心の奥底にたまっていく。そしてストレスからぜんそくを患った。

 学業成績が良かった大塚さんは、東京都の女子中高一貫校の御三家の1つ、女子学院に入学する。その自由な校風の中、大塚さんは自らのアイデンティティを何とか見い出そうと努力した。自分の魂の安住の場所はどこなのか? 自分はどんな役割を果たすためにこの世に生まれたのか? 「日本の文学を読みまくりましたね。1年に100冊は軽く読みました。安部公房、村上龍、司馬遼太郎……」

留学中に米国同時多発テロに遭遇

ah_kankyosa.jpg 環境サークルメンバーと

 やがて訪れた大学受験。「大学入試センター試験の帰り道、ふと思ったんですよ。環境問題にボランティアではなく、ビジネスとして取り組みたいって」。起業家への志が芽生えた瞬間だった。

 父親の母校でもある一橋大学の法学部に入学した大塚さんは、早速、環境問題のサークルを立ち上げ、問題意識をカタチにし始める。しかし、やがて組織運営で悩んだ彼女は考える。「こうした活動を展開していく上でコミュニケーションとリーダーシップは不可欠だ」

 2001年、大塚さんは一橋大学の奨学金制度を利用して、カリフォルニア大学バークレー校に1年間留学し、「組織論」と「リーダーシップ論」を学んだ。この留学中に、震撼(しんかん)すべき出来事が発生した。“米国9.11同時多発テロ”だ。

 「当時、私は国際学生寮に住んでいました。寮に住む留学生の中にはアラブ系の学生もいたので館内は騒然となり、険悪な雰囲気が立ち込めたのです。そんな時に寮長が『憎しみの連鎖を断ち切る1人目になろう』という趣旨のスピーチを行いました。それを聞いて、1人の日本人として世界のために何かできることがないのかと思うようになったのです。いずれ人間は滅びるだろうし、自然破壊は止まらないだろう。でも、それを防ぐために、私にもできることがあると」

 日本は古来より、独特の自然観を有し、優れた技術や公害を乗り越えた歴史を持っている。日本の「隠れた良さ」を世界に伝えたい、という思いの萌芽はここで生まれた。

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