日本の隠れたエコ企業を発掘せよ!――「エコトワザ」大塚玲奈社長(前編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(1/3 ページ)

» 2008年10月24日 22時09分 公開
[嶋田淑之Business Media 誠]

嶋田淑之の「この人に逢いたい!」とは?:

「こんなことをやりたい!」――夢を実現するために、会社という組織の中で目標に向かって邁進する人がいる。会社の中にいるから、1人ではできないことが可能になることもあるが、しかし組織の中だからこそ難しい面もある。

本連載では、戦略経営に詳しい嶋田淑之氏が、仕事を通して夢を実現するビジネスパーソンをインタビュー。どのようなコンセプトで、どうやって夢を形にしたのか。また個人の働きが、組織のなかでどう生かされたのかについて、徹底的なインタビューを通して浮き彫りにしていく。


エコトワザの大塚玲奈社長

 今、エコロジー(環境活動)は転換期を迎えつつある。

 かつては特定のイデオロギーと結びつくことも多く、マイナーな存在だったエコロジーが、今や一般の生活者の間にも広く浸透してきている。地球温暖化をはじめとする環境問題が深刻化する中で、企業や生活者の意識がそのように変化していったことは、大いに評価するべきだろう。

 しかし同時に、問題点や課題も顕在化してきている。自社のイメージアップのために、エコロジー推進派のようにふるまう企業が続々と現れている現状は皆さんご存じだろう。

 環境問題の“常識”が覆される例も出ている。化学肥料を使用しない有機肥料栽培は、環境に負荷をかけないという点で「エコの代表例の1つ」とされてきた。しかし最近の米国では、有機肥料が野菜・果物の栽培に適していても、それが結果として川の魚を死なせるのでは本末転倒であるとして、「有機肥料なら何でもOK」ではなく「有機肥料も使い方次第」という考え方に変化しつつあるようなのだ。

 環境への負荷を減らす、真に価値ある活動とは何なのか? 世界のエコロジーは転換期を迎えつつある。その流れの中で、今日本の伝統的な環境技術に世界の目が向き始めているのだ。

 後ほど詳述するが、古来、日本の企業は「自己(自社)は自己を取り巻く環境(=自然や宇宙)と一体化し、その中で『生かされている』」として自然を敬い、その感謝の気持ちを商い(あきない)にしてきた。日本人は何百年、あるいは千年以上も昔から環境に負荷をかけないビジネスを展開してきた。その伝統は今なお匠(たくみ)の技として各地に脈々と息づいている。

 こうした日本ならではの技術・商品を、世界市場に紹介・普及していくことで環境問題の予防に貢献しようと、自らのビジネスを構築している女性が存在する。株式会社エコトワザ、28歳という若さの大塚玲奈社長だ。

“バナナ”としての「気づき」と「使命感」

この一軒家がオフィスだ

 昔から高級住宅街として人気の高い東京都国立市。閑静な住宅街の一角に、明るい笑い声の絶えない一軒家がある。大塚さんのオフィスだ。

 「私は“バナナ”で……」と大塚さんは語り出す。

 バナナは、表皮は黄色いが中身は白い。大塚さんの言うバナナとは、“欧米人の心や思考を持った日本人”を指す。次回詳述するが、彼女は米国で子ども時代を過ごし、日本を「外国」と見て育った。このことが、彼女の人生に陰を落とすことになった。米国では日本人と呼ばれ、日本では外人と呼ばれ、どこに行っても彼女は“異邦人”だったのだ。

 思春期から青春期、大塚さんは自らの魂のルーツを求め、あてどなくさまよい続けた。ある時は日本の文学書や哲学書を片っ端から読破し、またある時はバックパッカーとして数カ月にわたり世界放浪の旅に出た。「自分は一体何のためにこの世に産み落とされたのか」「どんな役割を担わされているのか」、その意味を探りたかった。

 長い旅路の果てに出会ったもの――それは、今や多くの日本人が忘れ去った「自然と一体化して生きる日本古来の経営哲学」だった。しかしそれは、実は今もすべての日本人のDNAに深く刻まれており、彼女は自らの努力によって覚醒させることに成功したのである。「私はバナナ」と言いつつ、彼女はどんな日本人よりも日本的だったのだ。

 そして、この思いがけない出会いを通して、彼女は次のような“人生のミッション”に到達する。それは「周囲の自然と調和しつつ長い歴史を刻んできた日本伝統の匠の技を発掘し、それを世界に紹介することで環境問題の予防に貢献する。またそれを通じて地方経済の活性化に貢献し、日本全体を元気にする」ということだった。「エコトワザ」という会社名は、「エコロジー」と「匠の技(わざ)」に由来する。

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