その前提条件は本当に正しいか?――NPV>0を過信するな財務で読む気になる数字

» 2008年10月24日 07時00分 公開
[斎藤忠久,GLOBIS.JP]

斎藤忠久の「財務で読む気になる数字」とは?

グロービス・マネジメント・スクールそしてグロービス経営大学院で教鞭を執る、斎藤忠久氏による新連載。ファイナンスの観点から話題になったニュースを独自の視点で読み解くコラム。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2008年8月7日に掲載されたものです。斎藤氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


 投資判断の方法としてNPV法というものがある。NPVとは「Net Present Value」のことで正味現在価値と呼ばれている。資産が生み出す将来のキャッシュフローをそのキャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率で現在価値に割り戻した上で、そこからその資産を取得するのに必要な初期投資額を差し引いた純額である。

 初期投資額を控除してプラス(つまりNPV>0)ということは、その投資は元本を超えてお釣がくる、つまり得であるから、投資を行うべきであるということになる。

 例えば、ある投資対象の資産の現在価値を1億円とした場合、その資産を9000万円で買えるのであれば、得な取引(つまりNPV=1億円-9000万円=+1000万円)であることから購入すべきと言うことになる。反対に、8000万円の現在価値しかない資産の販売価格が9000万円であれば(つまりNPV=8000万円-9000万円=-1000万円)、損をするので購入しないということになる。

 それでは「NPV=0」の場合はどうしたらよいであろうか? この質問をファイナンス理論のクラスで受講生にすると、「手間をかけて投資を行っても後に何も残らないので、投資すべきではない」との答えが返ってくることが多い。果たしてNPV=0という投資案件を実施することは、本当に徒労なのだろうか? NPV=0の投資案件実施は徒労か否か、NPVの定義をもう一回見てみよう。

 投資が将来生み出すキャッシュフローをそのキャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率で現在価値に割戻し、初期投資額を差し引いた残り物がNPVである。

 例えば、経費・税金を差し引いた後で毎年15億円のリターンが10年間続く投資プロジェクトで、このプロジェクトを実行するにあたって107億円の初期投資が必要だとする。このプロジェクトのリスクは平均的な大きさであり、その割引率は6.5%とする。この場合の本プロジェクトのNPVは、1年後から10年後までの毎年15億円を年率6.5%で割り戻した金額の総額から初期投資額である107億円を差し引いた額となる。計算すると107億8000万円となることから、初期投資額である107億円を差し引いたNPV=8000万円となり、実施すべきとなる。なお、このプロジェクトの投資利回り(つまり、107億円投資して、毎年15億円返ってくるような投資案件の利回り(=IRR:内部収益率))は6.67%と計算される。

 例えば、このプロジェクトであればそのリスクの大きさからみて年率6.67%の利回りを投資家として期待(期待利回り)していると仮定しよう。割引率が6.67%であれば、前述のように本プロジェクトのNPV=0となる。これを投資家の視点に立って考えると、このプロジェクトには107億円を投資したが、10年間の間に元利を含めて年率で6.67%のリターンをもたらしたと言うことを意味している。つまり、このプロジェクトは投資家が期待している通りに過不足なくリターンを生み出したことになる。であれば、投資家は少なくとも失望はしない。したがって、もっと良い利回りの投資案件がないのであれば、このプロジェクトは実施すべきであるということになる。

 ところで、このプロジェクトの期待利回りが6.67%ということは、この種の投資案件のリスクの大きさに見合った平均的な利回りが6.67%であるということを意味している。つまり、この種の事業においては、平均的なノウハウを持った経営者が平均的な成功を収めた場合に利回りが6.67%となるということである。

NPV>0となる理由は?

 それではNPV>0とは何を意味するのであろうか? 平均的なノウハウを持った経営者が平均的に成功を収めた場合のNPVは0である。ということは、NPVがプラスになるためには、平均的以上のノウハウを持った経営者がこのプロジェクトを実行し、平均的以上のリターンを生み出さねばならないということを意味する。つまりNPVとは経済学でいうところの「(将来の)超過利潤」を現在価値に割引いたものであることが分かる。競争優位があって初めて超過利潤は生まれる。

 では、どのようにしたら、この超過利潤は生まれるのであろうか? 自社は他社に比べてこの事業を遂行するにあたっての「競争優位性」を持っているから、他社を上回る利益が出せるのである。この競争優位性の源泉は、特許や特殊な技術、政府による保護、特殊な販売網や優秀なセールスマンといったような、他社にない自社の特別な能力やポジションである。そう考えると、NPVはそう簡単にはプラスとはならないことが理解できよう。

 プロジェクトを定量分析しNPVがプラスであるから実施しようと即決する前に、なぜ自社が実施すると他社よりもリターンが大きくできるのか? その源泉である競争優位性とは何で、どの程度強く、またその競争優位性はどの程度の期間維持可能であろうか? 等々を自問する必要がある。つまり算出されたNPVの大きさをサポートできるだけの強い競争優位性は自社に本当に存在するのかという質問である。

 再度NPVの計算式に戻ろう。

NPV = Σ CFn/(1+r)^n - 初期投資額

 NPVが大きいと言うことは、(1)CF(キャッシュフロー)が大きい、(2)r(割引率)が小さい、の2つの原因がありえる。また(1)は更に、以下の2つのケースに分解できる。

(1)-a: 競争優位性が高いために、本当に実力としてCFが大きい

(1)-b: 競争優位性はほとんどないのだが、なぜかCFが大きい(つまり事業計画がバラ色すぎて現実的ではない)

 (2)の場合は、使用した割引率がキャッシュフローのリスクの大きさに比べて小さすぎるのではないかということを示している。新規事業の評価に使う割引率に、自社の現状のWACC(加重平均資本コスト)を適用した場合に良く起こる事象である。新規事業は本当に現在の自社の既存事業の平均的なリスクと同じ大きさなのだろうか、と考えてみる必要がある。新規事業のリスクが自社の既存事業よりも大きいのであれば、新規事業のリスクの大きさに見合った高い割引率(同様の事業を展開している他社が存在し、その企業が上場している場合は、その企業のβ値から推定できる)を適用する必要がある。

 新規事業の評価に当たっては、その事業にかかわる自社の競争優位性の強さを判定すると同時に、その事業のリスクに大きさに見合った適正な割引率を設定することが重要となる。新規事業への参入にあたっては、まずは、まさに戦略ありきで、その新規事業は自社の全体的な戦略から見て本当に意味があるのか(「間尺に合うか」)を検討することが肝要である。その上で、自社が持つ競争優位性を勘案して自信が持てる現実的な事業計画を策定し、その事業計画が生み出すキャッシュフローをその事業のリスクに大きさに見合った適正な割引率で割り戻した結果として、本当にNPVはプラスとなるのか(その投資は「算盤にあうのか」)を検証していく必要がある。

斎藤忠久(Tadahisa Saito)

東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。富士銀行(現在のみずほフィナンシャルグループ)を経て、富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチにて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。

その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務、コーポレート・サービス本部長。


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