日本一高いタレを売れ――PRの達人に秘けつを学ぶ郷好文の“うふふ”マーケティング

» 2008年10月16日 13時00分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷 好文

マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・実行、海外駐在を経て、1999年より2008年9月までコンサルティングファームにてマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。 2008年10月1日より独立。コンサルタント、エッセイストの顔に加えて、クリエイター支援事業 の『くらしクリエイティブ "utte"(うって)』事業の立ち上げに参画。3つの顔、どれが前輪なのかさえわからぬまま、三輪車でヨチヨチし始めた。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 「ここに載せよう。そこから考え出すんですよ」

 “ここ”というのは日経新聞では「窓」(朝刊)、朝日新聞では「青鉛筆」(朝刊)、読売新聞では「話の港」(夕刊)。それは社会面の隅にある軽い話題のコラム。ほっとするトピックスが並び、隅とはいえ多くの人が目を落とす。

 世界中で株式市場が大暴落した2008年10月10日、「窓」では京都府の東林院でともる灯ろうの話を取り上げた。ピリピリした世の中を、和の灯りがぼんやりと照らしてくれるような癒し系の記事。文字数はわずか200文字だ。

 「ここにタレ製品の話題を載せるにはどうすれば良いか?」

1本2100円の「たれコレ」をPRする蓮香さん

 日本一高いタレ「たれコレ」(500ミリリットル、1本2100円)を開発・販売する蓮香尚文(はすかひさふみ)さんは考えた。結論、「“キャラ”か“CMソング”を利用すればいい!」。

 キャラとは有名人。今夏のFNS27時間テレビ、タレントの明石家さんまさんがしょうゆの小瓶を手に「しょうゆうこと!」と連発した。ならば、たれコレを手に「よかっタレ」なんてサムい駄じゃれをかましてくれれば効果絶大だろう。

 実際に蓮香さんは、焼肉好きで知られる日本人メジャーリーガーに知人を介して接触しているという。果たして彼は「打っタレ」と言うのだろうか?

 もう1つの秘策、CMソングはすでにできあがっている。作詞は蓮香さん自らが手掛けた。歌詞中「紳士タレといわれたタレ」という駄じゃれにはゾクっときたが、このくらいの俗っぽさがないと社会面の“ほっとコラム”にはそぐわない。

プレスリリースが記事を作る

 蓮香さんは61歳の団塊世代。マスコミ、流通、食品、PR会社など異業種の転職を経て1979年にスーパー・ピーアールを設立、以来プレスリリース・ビジネスをけん引してきた。本業はあくまで企業広報なのだが、若い頃プリマハムで焼き肉のタレを販売した経験と、北京五輪選手を応援したいという想いがきっかけとなり、タレ開発に着手した。

 たれコレ発売に先立ち、蓮香さんは6カ月以上PR戦略を練った。それが功を奏して、たれコレに関する記事は読売のWebサイト「YOMIURI ONLINE」(外部リンク)、朝日の紙面とWebサイトのasahi.com(外部リンク)で大きく取り上げられた。

 手作り・国産・無添加のたれコレ、商品の味だけでなく蓮香さんのPR力もあって、7月15日の販売開始から1カ月で788本が売れたという。目標の1万2000本にはまだ遠いが、出だしは好調だ。

たれコレのプレスリリース

 蓮香さんは「メディアがどういう報道をするか?」という視点から逆算する戦略をとる。

 読売と朝日のたれコレ記事からキーワードを拾うと、「オリンピック」「選手応援」「昭和の味」「原料は国産」「団塊世代は甘いもの好き」などの言葉が並ぶ。これらの言葉は、すべてプレスリリースに散りばめられているもの。「どのように記事で取り上げてもらうか」から考えてプレスリリースを制作するのだ。

 「入口と出口はつながっているんです」

 蓮香さんはそう主張する。入口とはアイデア、ネタ作りなどのマーケティング機能。出口とはマスコミをゴールとするプレスリリース。「製品開発が終わったから、そろそろプレスリリースを書くか」では遅い。それだと、ネタとマスコミへのアピールがつながらず、ボツにされてしまいがち。

 「PRマンは戦略家たれ、いや哲学者や社会評論家たれ。プレスリリースに今が旬か、近未来のキーワードを散りばめないとダメだ」(蓮香さん)

PRとは社会との関係づくり

 蓮香さんは「広報達人会」なる企業広報セミナーを主宰している。広報達人会では、事業に悩みを持つ相談者が課題をぶつけ、蓮香さんが助言するというメニューがある。その中で、生鮮コンビニ「99円ショップ」の店舗経営者から相談された。

 その「99円ショップ」は、激戦地域にある郊外の路面店。価格の安さが勝負になるため、一般コンビニの倍の売上が必要となる。陳列・補充の回転率を高くするための人件費がかさみ、利益がアップしないという悩みだった。

 蓮香さんは悩みを解決するために、次のようなアイデアを出した。

  • 廃棄生鮮品の生ゴミを堆肥として商圏内の小学校に提供、菜園づくりを支援(地縁の堆肥サイクル)
  • 商圏内居住者にエコバッグを無料進呈(PCサイトからの申し込みに限って会員化を図る)
  • 不用段ボールの提供(廃棄物・処理費削減)
  • 少量購買・少量消費の推進(成人病予防、健康推進)

 いずれのアイデアも、地域密着と社会貢献の意識が底にある。PRとはパブリック・リレーション――“社会との関係作り”を意味する。店舗経営者は「単なる安売り店から脱皮し、好感が持てる地域の一員としての店に格上げできるかもしれない」と感謝した。

PRと税金の関係

 「PRは税金が使われているところから考えるんですよ」と蓮香さん。税金が使われているところとは道路、学校教育、水道やガス・電気、農業、天気予報や自然保護など。関西ではお笑いの資料館にも税金が使われている。

 新聞が読まれるのは、見出しの裏に税金があるから。新聞は記者という個人が書くが、社会性に裏付けられない記事を書くわけにはいかない。

 モノやコトをPRしたいのが企業。でもPRの前に「モノやコトがどんな社会性と関連があるか?」「社会の何をどう動かすのか?」、そんな問いかけをしてみよう。新聞の社会面を通して社会にインパクトを与えたい。そんな“濃い口の想い”を持つことが蓮香さんのPRの原材料となっているのだ。

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