人口減少を食い止めるには?――リアルオプション理論から考える財務で読む気になる数字

» 2008年09月26日 14時06分 公開
[斎藤忠久,GLOBIS.JP]

斎藤忠久の「財務で読む気になる数字」とは?

グロービス・マネジメント・スクールそしてグロービス経営大学院で教鞭を執る、斎藤忠久氏による新連載。ファイナンスの観点から話題になったニュースを独自の視点で読み解くコラム。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2008年8月1日に掲載されたものです。斎藤氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


 「この事業は赤字だが戦略的に重要なので、ぜひ実施したい」という話をよく聞く。一般的にはこの様な案件を戦略的赤字案件と呼ぶが、何故事業が赤字なのに実施しなくてはいけないのであろうか?

 プロジェクトAの現在価値は、この事業から生み出されるキャッシュフローの現在価値(NPV(A))であり、赤字ということはNPV(A)<0と言うことである。なぜ赤字なのに実施しなければならないのか? この謎を解く鍵がリアルオプション理論である。

 例えば、プロジェクトAを実施すると、5年後にプロジェクトBへの展開が開けるとする。プロジェクトAを実施しない場合には、プロジェクトBも存在しない。5年後に展開が開けるプロジェクトBは、1から3の可能性があり、それぞれの価値(5年後現在)は20億円、10億円、5億円とする。また、それぞれが成立する確率は25%、50%、25%とする。これらのプロジェクトのリスクに見合った割引率は5%と仮定する。

 プロジェクトAの現在価値は5億円のマイナスであるが、5年後に展開が開けるプロジェクトB1、B2、B3の現在価値(5年後現在)は、それぞれの現在価値に発生確率をかけて合算した11.3億円となる。この11.3億円は5年後の現在価値であるので、これを現在に割り引くと8.8億円(11.3/(1+5%)^5)の現在価値となる。この場合、NPV(A)=−5億円と赤字であるが、NPV(A)+NPV(B1+B2+B3)=3.8億円と黒字となる。つまり、プロジェクトAそのものは赤字事業であるが、その事業を実施することによってプロジェクトBへの展開を得られ、これらの全てのプロジェクトを含めた全体としての価値はプラスとなり、企業価値を増加させることとなる。これが戦略的赤字の意味である。

結婚は赤字でも、子どもを産めば黒字になる社会に

 さて、人は何故、結婚するのかを「ローリスク・ハイリターンという“おいしい話”はない? 恋愛行動とファイナンス理論」で説明したが、NPV(結婚)<0であっても、NPV(結婚)+NPV(子ども)>0となる可能性が高いことから、人はリスクが高く破綻するかもしれない結婚という事業に乗り出すのである。人はやはり「結婚という戦略的赤字事業」の真の意味を本能的に理解しており、これが「ホモ・サピエンス」(知恵を持った動物)と言われるゆえんであろう。ただ、知恵がありすぎるとリスクを過大評価し、なかなか結婚には踏み切れないが、最終的には、子孫を残したいと言う本能に揺さぶられて人は結婚という赤字事業に乗り出す。

 日本の人口はこのままだと大きく減少していくことが確実であるが、日本人はリスクを過大評価し過ぎるのであろうか? 人口の減少を食い止めるためにはNPV(結婚)+NPV(子ども)がプラスになるよう、国家として施策を打ち出す必要がある。

 内閣府がまとめた「平成20年版 少子化社会白書」(佐伯印刷株式会社・刊)によれば、欧州でも合計特殊出生率は1970年から1980年ごろにかけて全体として低下傾向となり、その背景には子どもの養育コストの増大、結婚・出産に対する価値観の変化などがあった。しかしながらフランスやスウェーデンなどを筆頭に欧州各国では近年出生率の回復が著しい。これは、家族手当などの経済支援と合わせ、保育サービスや育児休業制度といった「両立支援」のための包括的かつ総合的な施策が政府によって強力に押し進められてきたことが大きい。

 NPV(結婚)のマイナス幅を大きく引き下げることは難しいかもしれないが、NPV(子供)のプラス幅を引き上げることは、多くの西欧諸国が各種の施策によって出生率の低下食い止めを実現していることからも実現性は高いと言えよう。日本経済を再活性化していくためにも、政府による実効性のある長期的かつ一貫性をもった総合的な施策が望まれよう。

斎藤忠久(Tadahisa Saito)

東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。富士銀行(現在のみずほフィナンシャルグループ)を経て、富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチにて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。

その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務、コーポレート・サービス本部長。


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