オフィスから「ホッと」する空間が消える? 人を働かせるだけでは× それゆけ!カナモリさん(3/3 ページ)

» 2008年09月22日 07時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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9月17日 トイザらスの英断―「縮む市場」に「消費者」はいない?

 出口が見えない日本経済の失速の中、消費市場は縮んでいく。

 世界的な各種原材料の高騰に圧迫され、企業の業績は低迷。金融不安が拍車をかける。労働分配率も高まらず、生活防衛のため家計の引き締めが加速。そして企業は「モノが売れない」と嘆く悪循環。

 縮む市場の中で、企業はいかにして生き残ることができるのか。環境の変化に対する生き残りは、生物の歴史から学ぶこともできる。

 例えば、氷河期への突入によって、恐竜が絶滅し、ほ乳類が生き残って進化したという認識が一般になされている。しかし、実際には多くの恐竜は絶滅したが、生き残った種類もあり、絶滅したほ乳類もある。ちなみに、生き残って進化した恐竜の代表格は鳥類の先祖であり、今日では両者の系譜が証明されている。話を戻すが、絶滅と生き残りを分けたのは単なる種の違いではない。環境に適応できたか否かである。

 環境が変化し食料が枯渇することは、生物にとって死を意味する。「モノが売れない」と嘆くのは、「食料がない」と言うのと同じだ。嘆いても食料は自分からやってこない。温暖な白亜紀には草食恐竜はどこででもシダ類などの食料にありつけた。肉食恐竜も安定して獲物にありつける。

 高度成長期の大量生産、大量消費の「作れば売れる」は、そうした環境であったと思えばいい。その後、時代は変化した。消費の高度化による差別化と、パイの食い合いという競争の激化や、バブル崩壊後の顧客囲い込みによる生き残り競争など、その時々の環境変化をとらえ適応できた企業が生き残り成長したのだといえる。

 しかし、サブプライム問題などに端を発した今日の景気後退のインパクトは大きい。想像を超える環境の激変に対し、速効策などないのだろう。できることは小さなことの積み重ねかもしれない。氷河期に食料を探し出すが如く、ほんの少しのチャンスも見逃さず、無駄にしない。そして、自らチャンスを作り出す努力が欠かせないのである。

 そんな今日の環境下で、注目に値する取り組みが新聞で紹介されていた。

 9月15日付け日経MJ。「日本トイザらス、店員呼び出しボタン設置――客の相談に即応、販売機会ロス減」との見出し。全店の自転車やチャイルドシートなどの売り場に、顧客が販売員を呼び出せるボタンを設置したというのだ。

 顧客が販売員と相談しながら選ぶことが多い商品のため、販売員がいないと販売機会の損失につながると判断した。顧客が自分で商品を選ぶセルフ方式による低価格販売で成長してきた同社だが、販売低迷を受け戦略を転換。接客サービスの改善に力を注ぐ、とある。

 販売の現場まで顧客を連れてきて、買う気にさせるということは、消費者の心理変容モデルである「AIDMA(Attention・ Interest・Desire・Memory・Action)」を最初のAから最後のAまで進めたということだ。そこに至るまで、いかほどのコストが投下されることか。また、AIDMAが進まずに、店頭までこなかった消費者がどれくらいいることか。

 そのことに思いを馳せれば、店舗まで来ている顧客に、最後の段階で購入棄却させてしまうということは、目の前の食料を看過して飢えるのと同じだ。あまりに単純で、「もっと早く改善しておくべきだったのでは」と指摘するのは簡単だが、家電量販店などでも同様に、相談できないがゆえに購入を見送るケースは散見される。

 特に、古くなっても完全に壊れていない限り使うことのできる白物家電などは顕著だ。筆者自身、いくつかの商品で購入の見送りをした経験を持っている。自社のビジネスモデルを組み替えてでも、このポイントに対処したトイザらスを賞賛すべきだろう。

 同日の同紙一面にさらに注目すべき記事があった。「田舎に子供服 自然体の商い 思い出作りセットに」と、子供服を中心とした路面店運営・ウォッシャブル社の細井隆之社長が取り上げられている。大手アパレル販売会社のマニュアル的な接客販売手法に限界を感じた同氏は、理想を実現すべく自ら店舗展開を開始する。常識にとらわれないいくつかの店舗を手がけた後に辿り着いたのが、大津市の古民家に開いた子供服店。

 京都市中心部から車で約1時間、最寄りのバス停には1日数本バスが来るだけという「田舎」の立地。さらに季節限定、週末のみ開店という条件にも関わらず、四駆で遠くから来る客や、近隣の別荘族などが集い、活況だという。

 細井氏のこだわりは、わざわざそこまで来店して「買う気のある顧客」に対する、マンツーマンの丹念な接客である。「短時間で大勢の客をさばくチェーン店では考えられない“無駄”ばかり」、という細井氏のコメントが本質を表わしている。

 「作れば売れる。置けば売れていく」という環境はもうすでにない。「客を大量にさばく」という発想は、「大量生産・大量販売」の名残りだ。その担い手である、「消費者」という存在は、もはやどこにもいないのである。

 そのことに、玩具販売の大手、“恐竜”であるトイザらスも気付いた。環境の変化を敏感に感じ取った細井氏は、「本当の客は『買う気のある客』であり、そこに全てを集中すべし」と迷いなく、一見「無駄」とも思える展開に邁進しているのだ。

 かつてないほどの大きな環境変化を迎えている今日、それを誰が、どのように乗り切れるかは分からない。ただ1つ言えることは、その環境に適応する方法を少しずつでも手に入れることでしか、生き残れないということだ。

 そして、上記の事例から学ぶなら、「消費者という存在はもはやいないのだ」という認識を持つことからはじめるべきなのかもしれない。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサ ルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディ アへの出演多数。 一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


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