オフィスから「ホッと」する空間が消える? 人を働かせるだけでは× それゆけ!カナモリさん(1/3 ページ)

» 2008年09月22日 07時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]

それゆけ! カナモリさんとは?

グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2008年9月19日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


9月5日 タバコ部屋のコミュニケーション

 タバコ包囲網は確実に狭まってきている。マイノリティーになりつつある喫煙者。このまま片隅に追いやられる一方なのだろうか。

 2008年9月4日付け日本経済新聞夕刊の題字下コラム「波音」は、「無言列車」というタイトルだった。新幹線の移動。隣の乗客とは一言も交わさないが、喫煙室に行くと、声をかけられる。横並びの無言の行から解放され、ホッとしたような表情が浮かぶ、という。

 喫煙室があるということは、これは間違いなく、東海道新幹線のN700系車両。JR東日本の新幹線は全面禁煙だが、東海はまだ喫煙車が残る。しかし、最新型のN700は全席禁煙。その代わり喫煙室が設けられており、そこに移動して一服するという仕掛けだ。

 企業における禁煙の波は激しく、かつてかろうじて生存領域として許されていた喫煙室も、「ビル全館禁煙」などを受けて、撤去の憂き目をみるケースが各地で散見されている。その意味からすると、この新幹線の喫煙室は画期的だといえるだろう。

 タバコは身体に良くない。科学的な証明に対する反論も一部であるようだが、全世界的な流れとしては、間違いなく有害論が圧倒的だ。しかし、コラムにあるように心にはいいのかもしれない。

 「ホッとしたような表情」という表現が印象的だ。狭い空間に閉じ込められ、長時間移動を強いられる人々の心は、ともすれば余裕がなくなる。列車内でのトラブルも昨今多くなっている。緊張やストレスの、「ガス抜きの場」が必要なのは確かだろう。

 それにくらべて、非喫煙者には残念ながらそうした場が提供されていないのが現状だ。高速化による時間短縮で食堂車やビュッフェが廃止されたのは、はるか昔。うっかりすると、目的地までトイレにも立たないことすらある。座席や車内がいかに快適に進化しても、長時間同じ姿勢で座っていれば、どうしても居心地はよろしくないし、ストレスはたまる。

 コラムではローカル線で女性車掌が乗客に話しかけ、車内を和ませる様を取り上げて、不器用な乗客のため、車内の空気を和ませる工夫やサービスがあってもいい。人を運ぶだけが鉄道ではあるまいと、結んでいる。

 転じて、企業。「車内」ではなく「社内」の話。多くの会社においてかつては「タバコ部屋のコミュニケーション」というものが存在していた。部門・部署や役職が全く異なるが、「喫煙者」という共通項だけで集まる人々の間で交わされる、アンオフィシャルなコミュニケーション。

 「ホッとした」気持ちで、本音が語られていた。立証することは困難だが、そうしたコミュニケーションが人間関係の円滑化を促進し、人材流出の歯止めにもなり、各種の「ハラスメント」として顕在化する問題のガス抜き機能を果たしていたのではないか。

 また、タバコ部屋のコミュニケーションの、何気ない会話の中には優れたアイデアやイノベーションが潜んでいることも多かった。社内の貴重な「暗黙知」状態のナレッジが、交換される場でもあったのだ。そうした機会の喪失も、私たちの気づかない間に、起こっているのではないだろうか。

 列車の喫煙室と同じく、これまた非喫煙者には踏み込むことのない世界ではある。大のタバコ嫌いである筆者だが、、会社員時代、我慢して時々はそのコミュニケーションに参加してみたりしていた。

 やがて禁煙化の流れで喫煙室が廃止されると、喫煙者・非喫煙者ともに「ホッと」できるスペースとして、コミュニケーションルームのような、飲み物や軽食が摂れるスペースが出現した。筆者の勤務先だけでなく、同様な動きをした企業は多かったようだ。しかし、そうしたスペースは景気や業績次第であっという間に撤去されることになる。昨今の景気後退で、多くの企業から「ホッと」する空間が姿を消すことだろう。

 「社内」の場合も、コラムと同じ結論ではないだろうか。

 (業績回復のため忙しく懸命に働いている)不器用な社員のため、社内の空気を和ませる工夫やサービスがあってもいい。人を働かせるだけが企業ではあるまい――。

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