観光とエコロジーの両立を目指して――ドイツ・黒い森のエコツーリズム(前編)松田雅央の時事日想・特別編(1/2 ページ)

» 2008年09月09日 07時00分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

松田雅央(まつだまさひろ):ドイツ・カールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及びヨーロッパの環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ(http://www.umwelt.jp/)」


黒い森のハイキング

 「エコツーリズム」と呼ばれる新しい観光スタイルがある。

 豊かな自然を生かしたエコツーリズムは、訪れる人に従来の観光の枠を超えた体験と感動を与えるだけでなく、観光地にも社会活性化の大きな可能性を開いてくれる。エコツーリズムは「エコロジカルな観光資源を利用した持続可能な地域社会への取り組み」と表現してもいい。

 今回、全国大学生活協同組合連合会が主催するテーマのある旅「森林の楽校」に同行し、ドイツ・黒い森(シュヴァルツヴァルト)にある町ゲンゲンバッハのエコツーリズムを体験した。今号と次号の2回に渡り、ゲンゲンバッハの取り組みを例としてドイツにおけるエコツーリズムの現状をレポートする。

ヘミングウェーゆかりの地

 森と草原が広がり大小の川が流れる黒い森は、緑豊かな景勝地・保養地として世界にその名を知られている。文豪ヘミングウェーが黒い森を気に入り、作品の中で取り上げたのがきっかけとなって一気に知名度が上がった。

 名前にある“黒”の由来は「トウヒやモミなどの針葉樹が多いため、森が黒く見えるから」とよく説明されるが、それとは別に次のような説もある。うっそうとしたこの森は、昔、あまり人が入り込まない謎めいた土地だった。そんなおどろおどろしいイメージから、いつしか黒い森と呼ばれるようになったというもの。真偽は定かでないが、後説の方が神秘的でずっと面白いのではないか。

 西をフランスに、南をスイスに接する黒い森は、南北165キロメートル×東西20〜60キロメートルの長方形をしている。高原状の土地には森林だけでなく牧草地、畑地、街、そして工業地帯もあり、決して一様に森が広がっているわけではない。

 黒い森の人々は伝統的に林業、畜産業、農業を生業とし、13世紀ごろからはガラス製造、炭焼き、製鉄が始まった。近世に入ると時計製造、精密機械業などが興り、今もハト時計は代表的な民芸品として観光客に人気がある。

古くて新しい黒い森のエコツーリズム

 黒い森のエコツーリズムは決して新しいものではない。

 ハイキングや、おいしい空気と水を生かした療養など、伝統的な観光の多くはもともとエコツーリズムと深い関わりを持っている。以前はエコツーリズムという視点でとらえられていなかっただけのことだ。

 それでは、現在黒い森で行われているエコツーリズムの取り組みとはいったい何か。それは環境に対する関心の高まりを背景に、これまであったエコロジカルな観光資源を再構築し、斬新なアイデアを組み込みながら地域社会をステップアップさせようという挑戦だ。

田園風景は財産

 黒い森の景観の魅力は、森・草原・水辺・果樹園・ブドウ畑・古い家々が織りなす、多様で調和のとれた田園風景だ(写真)。

ゲンゲンバッハの木組みの家(左)、ゲンゲンバッハの田園風景(右)

 畑・牧草地・果樹園は人が利用しなくなると最後はブナの森になるが、人間の立場からするとそれは望ましいことではない。人が作り上げた田園風景は地域の歴史であり、地元の文化とアイデンティティーの根源でもある。そこに暮らす人々にとって、そして観光資源としてもかけがえのない財産なのだ。

 しかし、傾斜地の草刈り作業や果樹の枝切りは重労働で高齢者にはきつく、加えて農家の後継者難から放棄される畑・牧草地・果樹園が増えている。ゲンゲンバッハ・ツーリストインフォメーションのキミッヒ所長(下写真)によると、景観保護のためそういった土地の草刈りには自治体から補助金が下り、また酪農にも財政的な支援が行われているという。

ゲンゲンバッハ・ツーリストインフォメーションのキミッヒ所長
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