品川にいま棲む住まい 庭がなし(シナガワニ イマスム スマイ ニワガナシ)
烏賊、鰤、かもめ、鯖、サメも カリブ海(イカ ブリ カモメ サバ サメモ カリブカイ)
昼間 すやすや 胃をいやす 休まる日(ヒルマ スヤスヤ イヲイヤス ヤスマルヒ)
こだまにて 帰省相席 手に真蛸(コダマニテ キセイ アイセキ テニ マダコ)
非情に驚いた一句は「烏賊、鰤……」である。回文の重鎮たる土屋氏だからこそ、こんな発想が出てくるのだろうが、魚でカリブ海をシメルなんて、“シメシメ飯飯”なんてバカなことは言ってられない。もうちょっと挙げよう。
堅い帯いたく 肉体美老いたか(カタイ オビ イタク ニクタイビ オイタカ)
堕落妻が居て 家庭が真っ暗だ(ダラクツマ ガイテ カテイガ マツクラダ)
食ってまた乗りもの 森の多摩テック(クッテ マタノリモノ モリノ タマテック)
快感長く 今いくが何回か(カイカン ナガク イマイクガ ナンカイカ)
最後の一句は“快感二句”のうちの一句だ。まさか土屋氏は、快感中も回文を考えていたのだろうか? なんて想いにふけっていたら、付けっぱなしのテレビから「特大の方がお得だよ!」という音声が聞こえてきた。「とくだい……おとく……」、ピンときた。これは1つ回文をモノにできそうだ。しばしうなって作ったのがこれ。
「特大 ボイン 抱くと」(トクダ(ン)イ ボイ(ン)ダクト)
惜しいンですよ。「ン」が1つ余計でボツ。回文作り、脳をユルめないといつまで経っても何も出てこない。「右脳、活! と使うのぅ!」(ウノウ カツト ツカウノウ)。土屋氏によれば、これは言葉継ぎ足しのアプローチである。
散歩していて道ばたに菊があったとする。菊か、逆さまにするとクキだな。クキは茎に通じるから逆さにできる。こんな具合に最初のひと文字を決め、その間をつなぐ助詞を付ける。
菊の茎(きく の くき)
ここからは2つのアプローチがある。「上下に伸ばす」と「真ん中をふくらませる」。まず前者をやってみると、「ひな菊の茎無ひ(ひなぎく の くきなひ)」と途端に古文に埋没してしまう。土屋氏は上下に伸ばすと振り出しの句が解体されるので、真ん中を膨らますとよいとアドバイスする。ハンバーガーを作るように、上下のパンは決めたら動かさず、中のレタス・ミートパティ・トマトを足すのである。
菊の香る春、丘の茎(きくの かおるはる、おかのくき)
あまり上手くないけれど、続けていると “聞くに耐えない 萎えた憎き”(きくに たえない なえた にくき)など、漢字を変えて恨み節も作れる。日本語の奥行きは誠に深い。
こんな“文字トレ”、ネット時代だからこそ必要なテクだ。メールマガジンにせよブログにせよニュースにせよ、ネットの文章はブラウズ(拾い読み)される。だから、視線を立ち止まらせて読ませるためには、“見た目のリズム感”が大切なのだ。
ネットでは“こんばんワァー!(・∀・)/”といった表現をよく目にするが、これは、漢字・ひらがな・カタカナ・英字(と顔文字)のミックス表現。読者の目の動きを制御するテクだ。漢字の画数や漢字の持つイメージを気にして書くことも必要。はんらんする情報の中、読ませるためには“文字ヅラ”の独自性が欲しい。
回文は文字ヅラを軽やかにするにはもってこいの文章トレーニング。とはいっても“軽くだね とっさにさっとネタ来るか”なんて作句しても、濁点“だ”でしくじって“とんとんと”ノリの良い回文、“なかなかな”。
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