第4回 ファイナンスの実践(前編)保田先生! 600秒でファイナンスを教えてください(2/5 ページ)

» 2008年07月03日 08時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]
JMA Management Center Inc.

「適正な手元流動性」はどのくらい?

 何らかの事業を行う際は必ずお金が必要になりますが、同時に企業にはある程度のお金が存在するものです。

 「30億円の現金を保有している企業が20億円の投資案件の資金手当てを考えている」というケースで考えてみます。この投資資金をどうやってまかなうのがよいでしょうか。

 30億円のうち20億円を使っても、会社には10億円の現金が残るので、「保有している現金で投資に必要なお金をまかなう」という発想がまず出ることでしょう。一方で「10億円しか手元に残らないのは心もとないので、一部は銀行から借入を行うべきだ」という考え方もあります(図33参照)。

 どちらが正しいのでしょうか。一体、会社にはどのくらいの現金を保有しておく必要があるのでしょうか?

 会社が保有する現預金を手元流動性と呼びます。

 同じ10億円の現金でも、売上が100億円の企業と1000億円の企業にとってはその大きさが全く異なります。

 「ニンテンドーDS」や「Wii」で業績好調な任天堂は、多額の現預金を保有することでも有名です。その額はなんと1兆円弱(2007年9月末現在)。これに対し、一部の株主は「現金を保有しすぎている」「もっと何らかの事業に投資するか株主に還元すべきだ」と言っています。しかし、会社側は、「ゲーム産業はブレの激しい業界なので、潤沢な手元流動性が必要である」と主張します。ここでは、「ゲーム産業では」と言っていることがミソです。

 すなわち、適正な手元流動性は業界によって異なるのです。

 企業が保有する現金には、「今後の追加投資のために蓄積しているもの」と「なんらかの経営苦難が起こってもしばらくは対応できるように蓄積されているもの」とがあります。

 例えば、大震災や大規模テロに見舞われたときなどには、企業活動は休止せざるを得ません。その間、収入は滞ってしまいます。しかし、さまざまな費用は引き続き発生しますし、復旧費用でさらに必要経費が増えてしまうことでしょう。

 そういうときでも、現金をたくさん持っていれば当座をしのぐことができます。しかし、保有現金量が少なければ、復旧する前に現金が底を尽きて倒産してしまいます。

 慎重な人・企業ほど多額の現金を手元に保有しようとするでしょう。ただ、企業は「リスクを取って」「果敢に投資し続ける」ことで成長する存在でもあります。企業内にお金を溜め込むことは本来の目的ではありません。したがって、最低限必要な手元現預金があれば、後は投資を行うことで更なる成長を目指すことが理論上は正しい、ということになります。

 手元現預金の量=手元流動性は企業の経営安全度につながります。「経営安全度を最も気にする人は誰か」と言うと、それは企業にお金を貸している人、すなわち銀行もしくは社債投資家です。彼らが安心するだけの手元流動性を確保しておき、後は投資につぎ込む、ということになります。

 最終的には業界の平均的な手元流動性のレベルを把握し、そこから大きくかけ離れないところで落ち着かせる、ことになります。

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