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» 2008年07月01日 12時22分 UPDATE

財務で読む気になる数字:株式時価総額を「創る」ことはできるか――ライブドアが破綻した理由

ライブドアの経営目標は「ライブドアを世界最大の株式時価総額を持つ会社」にすることだった。しかし、果たして株式時価総額を「創る」ことは可能なのだろうか? ライブドアはなぜ急成長できたのか、ファイナンス理論で振り返る。

[斎藤忠久,GLOBIS.JP]
GLOBIS.JP

斎藤忠久の「財務で読む気になる数字」とは?

グロービス・マネジメント・スクールそしてグロービス経営大学院で教鞭を執る、斎藤忠久氏による新連載。ファイナンスの観点から話題になったニュースを独自の視点で読み解くコラム。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2007年4月13日に掲載されたものです。斎藤氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


 株式時価総額で世界一の会社にする――。その目標に近づくために、M&Aを繰り返したライブドア。2004年後半には、PER(株価収益率、用語)が100倍に近い値となり、時価総額(用語)は約8000億円にまで増加した。

yu_livedoor_01.jpg 白い服を着ているのがライブドアの堀江貴文社長。左からニッポン放送の亀渕昭信社長、ライブドアの堀江貴文社長、フジテレビの日枝久会長、村上光一社長(いずれも役職は2005年4月当時)

PERが100倍だった当時、期待された利益成長率は10%に及んだ

 株価は、1株当たりの税引き後当期純利益とPERとに分解できる。 たとえば1株当たり当期純利益が1万円の会社の株式は、PERが100倍であれば100万円の株価で取り引きされる。

 PERは、理論的には1/(株式の期待収益率−当期純利益の成長率)で表される。なぜならば、以下のようにPERの求め方の式を変形できるからだ。

 PER=株価/1株当り当期純利益

   =株式時価総額/当期純利益

   =〔当期純利益/(株式の期待収益率−当期純利益の成長率)〕/当期純利益

   =1/(株式の期待収益率−当期純利益の成長率)

 ライブドアのPERが100倍ということは、「株式の期待収益率−当期純利益の成長率」が0.01つまり年率1%ということを意味する。

 ところでライブドアの株式はリスク(株式ベータ)が大きいことから、その株式の期待収益率は当時で11.5%程度となっていた。

 上の式の中では、

 株式の期待収益率(11.5%=0.115)―当期純利益の成長率=1%(0.01)

 当期純利益の成長率=0.115―.01=0.105(10.5%)

 つまり、当時の市場がライブドアの当期純利益が年率10.5%で成長するものと期待していたことを意味する。

 ここで重要なのは、今後数年間ではなく、未来永遠に当期純利益が10.5%で成長することが期待されていたという点である。

 果たしてこのような長期にわたる大幅な利益成長は維持可能であろうか?

高いPERを利用して時価総額を増やす方法は やがて行き詰まる

 ライブドアは利益成長を維持するためにM&Aを積極的に行った。それも「錬金術的M&A」である。

 1億円の当期純利益を持つ会社は、PERが20倍であれば20億円でその株式全部を買収できる。買収された会社がライブドアに連結された途端、1億円の当期純利益の時価は20億円から100億円に化ける。ライブドアのPERは100倍なので、当期純利益が1億円増加すれば、ライブドアの時価総額は100億円増加することになるからである。

 したがって、ライブドアの戦略は「安い会社を買収し連結することによって自社の株式時価総額を飛躍的に増加させていく」ことであった。

 通例では、M&Aの目的は事業の統合によるシナジー効果、つまり統合された企業の企業価値が両社の単純合計よりも高まるようにすることにある。しかしライブドアは、PERの違いによる錬金術的M&Aをその主目的としていたといってもよい。さもなければ、インターネット関連事業を主要ドメインとするライブドアが、会計ソフト会社である「弥生」をはじめ、本業とは関連性が見られない会社を買収した理由付けができないのだ。

 しかし、このような「安い会社」をいつまでも見つけられるわけではなく、またそのような買収を継続していくと、いわゆるコングロマリット・ディスカウントが表面化することになる。コングロマリット・ディスカウントとは、企業グループの合計価値が、その傘下企業の個別の価値の合計を下回ることである。なぜそうなるかというと、シナジー効果による価値の向上が見込めない上、優良企業のキャッシュフローが、グループ傘下の他の採算の悪い会社の事業に投資され、結果としてグループ全体の企業価値を損ねるリスクが高い――と市場から判断されることによる。

 投資家から見ても、シナジー効果のない多角化はポートフォリオ(用語)によるリスク分散の観点からは全く価値がない。シナジー効果のないまま多角化された企業の株式を購入するよりは、個別の会社の株式を購入したほうが機動的にリスクを分散できるからである。

 ライブドアは安い会社を購入し続けることで自社の時価総額を増加させていったが、これは自転車操業的なオペレーションであり、いつかは破綻せざるを得なかった。

 このような錬金術的オペレーションに行き詰まったため、会計原則や有価証券取引法すれすれの行為に手を染めてしまったのだ。ライブドアが行った行為は、個別に見れば法律的には明白な違反とはいえないものが多かった。しかしながら全体を重ね合わせていくと、その意図は立法趣旨からみれば極めて問題のある行為であった。透明なプラスティック板でも何枚も重ねていくといつかは黒くなるようなものである。

長期的な時価総額の上昇には 地道な企業価値向上が重要

 ファイナンス理論に照らしてみると、ライブドアの蹉跌は「株式時価総額」を重視しすぎたことにある。株式時価総額は短期的にはつくることは可能である。高いPERを活用し、当期純利益を増加させることによって時価総額を拡大させる方法だ。

 しかし、株式時価総額の源泉はあくまでもバランスシートの左側にある事業や資産が生み出す価値である企業価値にあるため、企業価値そのものを向上していかない限り長期的に時価総額を拡大させていくことはできない。

 なぜならば、企業価値は企業が保有する事業・資産が生み出すフリーキャッシュフローの価値であり、生み出された価値は有利子負債(用語)の提供者に優先的に分配され、株主はその残りもの(これが株式の時価総額))にしか権利を持たないからである。企業は、地道に企業価値を向上させ、ステークホルダーに相応の分配を行っていく過程を通じてはじめて、株主の持分も増加させていくことが可能となる。

 企業は、法律的には所有者は株主となるが、企業価値の拡大を通じて社会に貢献していく存在という観点からは、株主を含めたステークホルダー全員のものと考えるべきであろう。

 ところで、当期純利益の成長率が落ちた場合、株価に対する影響は極めて大きい。

 例えば、上記のライブドアの場合、利益成長率が仮に10.5%から6.5%に低下するとPERは20倍(=1/(11.5%−6.5%))となる。 株価はPERが100倍の時と比べて5分の1になるが、実際にはもっと急激な落ち込みを見せる。

 成長力の高い新興企業は、株式公開直後に100倍から200倍といった極めて高いPERをつけることが多い。これは高い利益成長性を期待されているためである。だからこそ、このような新興企業が、突然業績の下方修正を行ったり、発表した業績見込みが株式市場の期待を大きく下回った場合には、株価が大幅にかつ急速に下落するケースが多い。これは、上記のPERの式からみても当然である。

 どの企業もいつかは事業が成熟し、PERは20倍程度以下に落ち着いていく。株式市場や投資家の期待をうまくマネージし、株価の急落というハードランディング(この場合往々にして株式市場からの退場を伴うことが多い)を回避し、軟着陸できるようにするのが、CFO(最高財務責任者)の腕の見せ所といえよう。

斎藤忠久(Tadahisa Saito)

東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。富士銀行(現在のみずほフィナンシャルグループ)を経て、富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチにて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。

その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務、コーポレート・サービス本部長。


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