第3回 ファイナンスの基本保田先生! 600秒でファイナンスを教えてください(3/7 ページ)

» 2008年06月26日 00時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]
JMA Management Center Inc.

業界ごとの収益構造の差――広告宣伝費

 モノを売るにはテレビや雑誌での広告宣伝を行い、街頭でのサンプル品配布などの販促活動を行うなど、広告宣伝と販売促進の両方が重要となります。特に新商品発売のときはこれらの費用がかさみます。

 一方、広告宣伝や販売促進活動がほとんど必要ない業態もあります。それは扱っている商品やサービスが消費者向けではなく法人向けの業態の場合です。

 今度は飲食業界と広告代理店の例で考えると、飲食店の雑誌広告はよく目にしますし、割引クーポンを配布している店もあります。あれは立派な販促活動の1つです。ところが、電通や博報堂といった広告代理店の広告は見ません。彼らが直接消費者に何らかのモノを売ることはないからです。

 私たちは日々たくさんのテレビCMや雑誌広告を目にしますが、それらを行っている企業は消費者に対して商品を販売している企業がほとんどであり、ほんの一握りの企業の広告が毎回登場しているのです。広告宣伝、販促費のかからない業態は、それが必要な業態に比べるとより利益が出しやすいと言えます。商社や広告代理店は、材料費、場所代、広告宣伝費、販促費の全てがほとんど必要ないのです。彼らが高給取りなのも頷けますよね。

 広告宣伝と販売促進が必要な業界では、これも人件費同様、同業他社との比較において適性な水準を検証することになります。

損益計算書なしでも収益状況がわかる

 これまで「企業の事業モデルが費用構造に与える影響」について見ました。これは業界ごとの損益計算書の構成を見るのと同じことです。

 一方、損益計算書なんて知らなくとも大丈夫、なんて話を前の章まででふんだんにしましたので、以下では「損益計算書を見ずして企業の経営状況を把握する」ために使えるいくつかの指標をご紹介します。

 企業もそして企業に勤める人々も「稼いでナンボ」の世界で生きています。「稼ぐヤツが優秀」、というちょっと乱暴な前提に立つと、「社員1人当たりの売上高が高い企業で働く社員は有能だ」ということになります。1人当たり売上高とは文字通り、売上高を従業員数で割って求められるものです。売上と従業員数さえわかればいいので、損益計算書を見る必要性はありません。

 日本の給与所得者の平均年収は500万円程度です。したがって、1人当たり売上高が500万円以下ならば間違いなくその企業は赤字です。通常は人件費以外の費用も加味して、1人当たり売上高が1000万円以下だと赤字になってしまいます。ベンチャー企業が自社の成長度合いを測るときも、よくこの「1人当たり売上高1000万円の達成」を1つの指標とします。

 同業他社に比べて1人当たり売上高の低い企業では、社員の労働効率を上げる余地があるとも言えますし、余剰人員を抱えているとも言えます。1人当たりの生産性を向上させるには、社内の人材育成の強化が必要なのか、人員の配置換えが必要なのか、またそのほかに取り得る策はないのか、ということを企業は考えます。

 日本においては、これからモノ作り企業よりもサービス産業に属する企業が増え、収益構造がより属人的になると思われます。この1人当たり売上高の指標はより重要となるでしょう。

 なお、日本企業では終身雇用、年功序列制度のもと、社内の人員を膨らませてきたので、この1人当たり売上高は海外企業に比べると見劣りします。日本の株式市場における投資家の6割以上は外国人投資家が占める時代なので、海外の同業他社との比較で芳しくない指標に関しては、今後より注意してコントロールしていく必要があります。

1人当たり・1坪当たり・時間当たり

 1人当たり売上高はどの業種にでも通じる簡単な指標ですが、これをより業種に合った指標に転換することができます。例えば、スーパーなどの小売店や飲食業であれば面積当たりの売上高になります。わかりやすいのは1坪当たり売上高という指標です。

 たまに、「こんなに狭いお店で経営大丈夫?」と思うような飲食店がありますが、むしろ1坪当たり売上高で考えると効率経営、なんてことはよくあります。

 ラーメン屋などはその典型です。例えば、席数はたった10席、メニューは1杯500円のラーメンだけ、というラーメン屋と聞けば、きっと多くの人は「経営は苦しいに違いない」と思うことでしょう。しかし、往々にしてそういう狭いラーメン屋は儲かっていたりします。皆さんがラーメン屋を利用するときのことを思い出してください。ラーメン屋では客の滞在時間が短いのが特徴です。せいぜい1人15分〜20分程度でしょう。満席のときでもすぐに席が空くので、客は待とうと思います。店の外に列ができるとそれを見たほかの人たちが「お、あの店はおいしいのか?」と思い、新たな客となっていきます。こうしてこのラーメン屋は常に客が次々と入れ替わりながら満席を維持する、という状態になります。これは店舗面積やメニュー単価が低くとも、客の回転率が高ければ十分儲かる、という典型例です。牛丼屋やカレー屋も同じような存在です。

 飲食店において、1日にお客が何回回転するかという回転率も重要な経営指標ですが、これは1坪当たり売上高に含まれます。

 また、あるアミューズメント施設では、1日に2回の入れ替え制を取っています。入れ替え制なのでお客の滞在時間は最大でも5時間程度になります。5時間しか滞在しない人が1日に利用する金額と、ほかのアミューズメント施設で朝から晩まで滞在する人が1日に利用する金額では自ずと異なってきます。入れ替え制ではない施設の場合には、お客は丸1日滞在しますから、客単価(1回の利用で客が施設で利用する金額)を見れば高くなります。しかし、5時間滞在して5000円使う顧客と10時間滞在して7000円を使う顧客では、前者の方が「時間当たり」ではより多くのお金を使ってくれる、施設側としてはありがたいお客です。

 こういった施設が収益力をライバル施設と比較する場合、客単価や面積当たり売上高で競争力を比較するよりも「1時間でどのくらい収益を上げたか」といった時間当たり売上高が有効な指標となるのです。

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