第3回 ファイナンスの基本保田先生! 600秒でファイナンスを教えてください(2/7 ページ)

» 2008年06月26日 00時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]
JMA Management Center Inc.

業界ごとの収益構造の差――人件費

 飲食業界の人件費率は平均して25%程度です。一方で、私が以前勤務していた外資系証券会社では、業界平均で売上高の約45%〜50%が人件費に充てられていました。

 飲食業界の25%と比べると1.5倍以上人件費に充てていることになります。これではさぞ収益性は低いはず、と思って営業利益率を見てみると、高い企業で30%程度、低い企業でも10%以上の利益率を達成しています(図19参照)。これは飲食業界の利益率に比べると大きな差です。

 なぜこういうことが起こるのでしょうか? それは、業種ごとに収益構造(費用構造)が異なることに理由があります。そこで決算書のお出ましです。損益計算書をもとに、モノ作り企業とサービス企業の違いを見てみましょう。

 飲食業のように、顧客に提供するモノ(料理や飲み物)を作るには必ず何らかの材料が必要です。したがって、まず材料を購入しないことには、飲食業では売上を上げることができません。人だけがいても売上が立たないのです。

 一方の証券会社では、顧客に対して様々な情報の提供や各種提案を行い、株式の売買手数料やM&Aのアドバイザリーの手数料で儲けます。飲食店と異なり、提供する情報やサービスは自分たちの頭の中で考えた知識やアイデアが中心です。つまり、「何らかの材料」を購入してくる必要がないのです。極端な話、人さえいれば売上が立つのです。さらに、外資系証券会社の場合は店舗を持ちません。日本の証券会社は多くの支店を持っていますが、外資系証券では支店を持たないのでその分の賃料が発生することもありません。すなわち、飲食業でかかっている材料費・場所代という2つのコストが必要ない、つまりは浮いているのです。

 材料費・場所代が必要ない分、外資系証券会社では人件費などほかの費用の比率を厚めにすることができます。

 材料費や場所代がほとんど必要ないという点は、広告代理店や商社も当てはまります(さすがに材料費がゼロ、ということはありませんが……)。両方とも比較的給与が高い、ということで学生の就職希望ランキングでも常に上位に来る業種です。

 企業は利益を上げることが目的ですので、浮いた費用をわざわざ使う必要はないのですが、広告代理店や外資系証券会社では人件費を厚くしなければならない事情もあります。それは、それらの業種の仕事内容はマニュアル化できず、その分人件費を下げることができないからです。これは、専門性の高い人材を採用するにはそれに見合った報酬を支払う必要がある、とも言えます。

 例えば、ファストフードの店員と広告代理店の社員を比較してみた場合、ファストフードでは優れた接客マニュアルがあり、それにしたがえば多くの人が店頭でハンバーガーやポテトの販売をすることができます(素敵なスマイルを提供することはマニュアルだけでは難しいかもしれませんが……)。

 一方、ある新商品に関してのキャッチコピーをつける仕事や、テレビCMの内容を考えるようなクリエイティブな仕事は、毎回求められるものが異なり、一からアウトプットを作り出す作業なので、マニュアルでは対応できません。ここはクリエイティビティの才能溢れる限られた人に担当してもらうしかありません。

 業務内容をマニュアル化すれば、誰もがその仕事を対応することができるようになるので、企業としてはより安い賃金で人材を採用することができます。一方、マニュアル化できない業務内容の場合は、その業務を遂行できる人材は限られているため、自ずと報酬は高くなります。

 飲食業など、材料費・場所代がかかる業界では人件費にかけられる比率は下がりますが、同時に業務をマニュアル化することができるので、その分人件費率を下げることができる、とも言えます。

 広告代理店や外資系証券会社の場合、材料費や場所代はかからないので、その分人件費にかけられる割合が厚い、と言えますが、それは業務がマニュアル化できないがゆえに人件費にコストをかけざるを得ない、ということでもあるわけです。

 このように業界ごとに事業モデルが異なるため、適正な人件費率は異なります。一般的にモノ作り企業では人件費率が比較的低く、金融・広告・ITなどのサービス業では人件費率が高くなります。

 したがって、適正な人件費率を求めようと思えば、ほかの業界と比較しても全く意味がありません。比較は同業他社との間においてのみ有効となります。

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