ホワイト家の「お父さん」&せんとくんに学ぶ“マーケティングのキモ”とは?それゆけ!カナモリさん(3/3 ページ)

» 2008年06月25日 11時47分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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6月4日 「せんとくん」に勝てない?「まんとくん」の悲劇

 とかく評判の悪かった「せんとくん」の刺客として「まんとくん」が登場した(参照記事)。が、筆者は一目見たときに「こりゃイカン!」と思ってしまった。そのわけは……。

せんとくん(左)とまんとくん(右)

 「せんとくん」が奈良県で2010年に開かれる平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターとして登場したのが2月12日のこと。しかし、世間の反応は冷たかった。

 平城遷都1300年記念事業協会によるデザイン案選定過程の不透明性や、デザインの著作権を500万円で買い取るという金額妥当性に対する疑義。デザインそのものにも、「可愛くない」「(頭に角を生やすなど)仏を侮辱している」と批判殺到だった。

 そのガス抜きの意図も込めてか、委員会はキャラクターの愛称を公募し(参照記事)、4月12日に「せんとくん」という名前が決まった。

 さて、こうした一連の騒動に対し、地元市民団体の「クリエイターズ会議・大和」が6月2日に「せんとくん」の対抗馬、もしくは刺客を発表した。その名は「まんとくん」。

 ITmedia Newsの記事によると、デザインと名前の由来は、鹿のキャラクターが、朱雀門を模した帽子をかぶり、白いマントを着けたデザイン。白いマントには「1300年という節目、新たな気持ちで次代へ」という意味、漢字は「万人くん」で、万人に愛されて大きく育つよう祈りを込めて名付けたという。「万葉集」の万人、都に満ちる「満都」もかけた、だそうだ。

 と、コトの経緯と「まんとくん」の紹介は以上にして、筆者の感想。冒頭に記したとおり、「こりゃイカン!」である。残念ながら「まんとくん」は「せんとくん」をcheer up(盛り上げ)こそすれ、対抗も討つこともできないように思う。

 多くの人が気付いたであろう。まず名前。「せんと」に対して「まんと」。せんとくんの「せん」」は「遷都」に由来するのだろうが、「せん・まん」となれば「千・万」で、セットに感じてしまう。まんとくんのデザインも鹿なので、やはり角から離れられていない。「せんとくん」対抗を意識し、それを上回ろうとするあまり、結果として似通った路線になってしまった感が否めない。

 こうした「キャラがかぶる」という事態は「チャレンジャー」に取っては最悪なポジションである。悪評は多々あれど、投下費用や今までのメディアへの露出度からすれば、「せんとくん」は間違いなくディフェンディング・チャンピオンである。

 一方、マーケティングの定石からすれば、チャレンジャーの戦い方は「徹底した差別化」である。「自分たちは違うんだ!」というポジションの示し方や、差別化要素をできるだけ多く盛り込んでアピールしなければ、チャンピオンの存在に「同質化」し消し去られてしまうことになる。その意味からして、「まんとくん」は残念ながら、デザインでもネーミングでも「せんとくん」を超えることはできないように考えられる。

 さらに注目したいのは、前述の通り「せんとくん」はメディアへの多数の露出で、世間の人々にある程度「慣れ」が生じていることだ。その影響は米国の心理学者、フェスティンガーの「認知的不協和理論」で説明できる。簡単に言えば、人は自分の認識にそぐわない要素(不協和)に対し、新たな要素を探してそれを弱めようとする心の働きがあるということである。

 今回の例に当てはめて考えてみよう。彦根城のキャラクター「ひこにゃん」に代表されるような、いわゆる「ゆるキャラ」は、「なんとなくかわいい」という世間の共通認識が形成されている。それに対して、何やら、かわいくない「せんとくん」というキャラクターが登場する。ここに矛盾が生じ、不協和が発生する。目の前の不協和を解消する新たな要素が提示されるまでは、不満を提示しているが、ここで「まんとくん」が登場してしまった。

 残念ながら「まんとくん」のデザイン的な完成度はそれほど高くないように思う。また、前述の通り、「せんとくん」に対する強力な差別化要因も持っていない。すると、「また似たようなキャラクターが出てきた」という認知のされ方がなされ、結果として「『せんとくん』でもいいんじゃないか?」という「認知的不協和の解消」が起こる。もちろん、全ての人が同じように考えるはずはないのだけれど、ネットの書き込みなどを見ると「せんとでいいや」という発言も散見される。

 今後、「まんとくん」がどのような運命を辿るのかは分からない。アサヒコムの記事では、平城遷都1300年記念事業協会が、「友達が生まれるのは歓迎したいが、公式キャラはあくまで『せんとくん』。『まんとくん』との共演は要請があれば検討したい」と、余裕のコメントをしている。

 案外、「せんと&まんと」なんて、お笑いコンビみたいに仲良く活躍するのかもしれない。しかし、選考過程や費用問題、デザインに対する疑義や不満を元に刺客として誕生した経緯からすれば、本来のミッションを果たせそうもないのは明らかだ。

 「チャレンジャーは徹底した差別化に命をかけよ」。「まんとくん」は大きな教訓を示してくれたと考えたい。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサ ルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディ アへの出演多数。 一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


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