無借金経営はなぜオススメできないのか――企業価値を高める方法とは?財務で読む気になる数字(2/2 ページ)

» 2008年06月18日 12時20分 公開
[斎藤忠久,GLOBIS.JP]
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 なお、倒産のリスクを回避しながら自社で借りることのできる借入金の最大値のことを、最適負債比率もしくは最適資本構成と言う。WACCが一番低くなる状態になるような、有利子負債と株主資本の比率である。

 それでは、現実の資本構成が最適資本構成から乖離(かいり)している場合、どうすればよいか――。適切な方法は、借入金の額を増減させることだ。その一例であり、もっとも効率的な資本構成の変更手段は、借り入れを基にした自社株買いである。

 以上のことから、WACCの最小化は、まさに財務責任者の使命となる。式1の分子であるフリーキャッシュフローを増加させながら、同時にWACCの引き下げが実現できれば、企業価値は飛躍的に増加し、株価も大きく上昇する。

株主はハイリスクな立場なので、利回りが高く設定される

 ところで、株主資本の期待利回りが有利子負債の利回りよりも高い理由はなぜだろうか?

 答えは、株主と有利子負債提供者へのリターンが異なるためだ。

 例えば、有利子負債を10億円調達し、株主から10億円預かって、合計20億円で事業を始めたとしよう。この20億円を現物資産に投資した結果、運営がうまくいき、資産価値が時価25億円まで上昇したとする。このとき、増加した5億円は誰のものかというと、当然株主のものである(儲かったからといって10億円の借入金元本にプラスアルファして返済する必要はないからである)。一方、事業に失敗し、資産の時価が12億円に減少したらどうか?当然、この失敗は株主が負担することになり、株主の持分は2億円に減少してしまう。

 企業が創造した価値は、まず有利子負債の提供者に優先的に配分され、余ったら株主に分配される。つまり株主は「残り物」にしか権利がなく、この結果分配額が大きく変動することから、有利子負債の提供者に比べてより大きなリスクを背負うことになる。

 従って、より大きなリスクを背負った株主は、少ないリスクしか背負っていない有利子負債の提供者に比べ、より高い投資利回りを要求するはずである。そのため、株主の期待利回り(rE)は、有利子負債提供者の期待利回り(rD)よりも大きくなる。

 これらのことから、経営者が経営の舵取りを行う際、常に複数の経営オプションを吟味していることが分かる。それぞれのオプションが企業価値のそれぞれの要素にどのようなインパクトを与え、結果として企業価値がどうなるのか――これを定量的に把握しておくことで、経営判断は容易に、そして極めて合理的にできるのだ。

 次回は、企業の時価総額について、世間を騒がせた企業のケースを基に解説する。

斎藤忠久(Tadahisa Saito)

東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。富士銀行(現在のみずほフィナンシャルグループ)を経て、富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチにて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。

その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務、コーポレート・サービス本部長。


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