無借金経営はなぜオススメできないのか――企業価値を高める方法とは?財務で読む気になる数字(1/2 ページ)

» 2008年06月18日 12時20分 公開
[斎藤忠久,GLOBIS.JP]

斎藤忠久の「財務で読む気になる数字」とは?

グロービス・マネジメント・スクールそしてグロービス経営大学院で教鞭を執る、斎藤忠久氏による新連載。ファイナンスの観点から話題になったニュースを独自の視点で読み解くコラム。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2007年2月23日に掲載されたものです。斎藤氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


 ファイナンス理論では、企業価値は、「フリーキャッシュフローを加重平均資本コスト(WACC)」で現在価値に割り戻して算出する。加重平均資本コスト(WACC)とは、企業が調達した借入金と株主資本の加重平均コストであり、フリーキャッシュフローのリスクの大きさを表した割引率である。

 これを数式で示すと、以下の通りになる。

企業価値(PV)=Σ(フリーキャッシュフローn/(1+加重平均資本コスト)^n )

 この式を基にすると、企業価値を増加させるには、

  1. 分子であるフリーキャッシュフローを増やす
  2. 分母の加重平均資本コストを引き下げる
  3. 上記の1と2の両方を同時に達成する

以上3通りの方法が考えられる。

フリーキャッシュフローの増加は、事業戦略の成果

 分子のフリーキャッシュフローの定義は下のようになる。

フリーキャッシュフロー=EBIT×(1−税率)+減価償却費−投資−運転資本の増分

なお、EBITとは金利前税引前利益のことであり、特別損益がなければ営業利益で代替することも可能である。

 「EBIT×(1−税率)+減価償却費」の部分は企業が生み出したキャッシュフローである。ここから、企業の発展に必要な設備投資といった「投資」、日々のオペレーションのために必要な「運転資本の増分」の二者を差し引いたものが、フリーキャッシュフローとなる。フリーキャシュフローとは企業にとって余剰のキャッシュであり、企業に資本を提供してくれた株主や有利子負債の提供者に返還する資金の原資である。 

 さて、上の式を見ると、フリーキャッシュフローを増加させるためには、以下の4通りの方法が考えられる。

(1)「金利前税引前利益」を増加させる

 事業が生み出すキャッシュフローを増やすことである。この数値を継続的に増加させていくには、企業は事業ポートフォリオを随時組み替え、自社の競争優位性を強化していくことが重要となる。これが、いわゆるコア・コンピタンス経営である。

(2)「税率」を引き下げる

 実効税率(実際に払う税率である)を下げるには、研究開発費にかかわる税額控除や情報システム投資に係わる特別償却制度といった租税優遇措置を活用するとともに、税率の低い国で事業を行うなどの節税努力が必要となる。この観点から、タックス・プランニングの重要性が分かる。

(3)「投資」を減少させる

 投資の内容を効率的にすることであり、金額そのものを節減することではない。投資は将来のEBIT(金利前税引前利益)を生み出す源泉であるため、投資金額当たり最大のEBITを生み出せるような効率的な投資を行うことが鍵となる。

(4)「運転資本の増分」を減少させる

 運転資本は、流動資産から流動負債(短期有利子負債を除く)を引いたものである。よって、流動資産を減らすことが重要であり、特に売掛金や在庫を圧縮することが、運転資本の削減につながり、フリーキャッシュフローの増大に貢献する。「持たない経営」、「スリム化経営」と言われるものだ。

 これらの方法を実行し、フリーキャッシュフローを最大化するのは、営業やマーケティング、事業戦略の責任者の任務である。

適切な金額の借り入れが 企業価値を高める

 次に、冒頭の企業価値の式で分母に当たる加重平均資本コスト(WACC)」を減少させる方法を考える。繰り返しになるが、WACCとは、調達した資本の加重平均コストであるが、同時に、調達した資本で購入した資産のリスクの大きさを表した割引率でもある。

 WACCの計算式は、以下のようになる。

 WACC=rD×(1−税率)×D/(D+E)+rE×E/(D+E) ――式1

 なお、式中の記号は、Dが「有利子負債の時価総額」、rDが「有利子負債提供者の期待利回り」、Eが「株主資本の時価総額」、rEが「株主の期待利回り」である。

 そこで、WACCを引き下げる方法を考えることにする。

 上記の式1には有利子負債(つまり借入金)が出てくる。よく、「無借金経営は美徳だ」、もしくは「借入金はできるだけ少なくしたほうが良い」という声がいまでも頻繁に聞こえるが、果たしてそうであろうか?

 資本に占める借り入れの比率(上の式ではD/(D+E)に当たる)をaとした場合、WACCの式は、

 WACC=rD×(1−税率)×a+rE×(1−a)=a ×(rD×(1-税率)−rE )+rE

と変形できる。

 ファイナンス理論では、rEはrDよりも高い。なぜならば、株主の方が有利子負債提供者よりも、大きなリスクを背負っているからだ(理由は文末に述べる)。そのため、ハイリスク・ハイリターンの原則で、株主の期待利回り(rE)は有利子負債提供者の期待利回り(rD)よりも高くなる。

 よって、上の式の左半分に当たる「a ×(rD×(1-税率)−rE)」はマイナスの数値になる。そのことから、左半分にかかる係数a、すなわち有利子負債の比率を高くすると、WACCの値は低くなる。

 無借金経営の場合はa=0なので、WACCの式では、WACC=rEとなり、WACCはかえって高くなる。逆に言えば、借金をすることは、資本コストの低減を通じて、企業価値を高める効果があることになる。

 とはいえ、企業は無制限に借入金を増やすことはできない。借りすぎると、借入金の利息や元本の返済ができなくなり、倒産してしまうからである。倒産は、有形資産(在庫や設備等)や無形資産(ブランド力等)の価値を大きく毀損し、企業価値の大幅な低下を引き起こす。それを防ぐため、企業は借入金額を倒産のリスクが発生しないよう一定の範囲内に抑えることが必要となる。

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