デジタルカメラ全盛の時代にちょっと不思議な流行が起こっているようだ。その理由と、次に流行りそうなものを考えてみたい。
日本経済新聞5月13日付け朝刊・消費面にトイカメラ、光る個性、若い世代つかむ――ピンぼけにも味わいと題された記事を発見。
「トイカメラ」は作りがチープでおもちゃのようなカメラの総称。樹脂でできた筐体に安価なレンズという極めて単純なフィルムカメラだ。露光の電子制御などしてくれないし、ピントもオートフォーカスではない。いや、そもそもレンズの精度が怪しいので、仕上がりは何とも不思議なボケ味の効いたものになる。そこがファンの心をつかんでいるのだ。
今日のデジタルカメラは、失敗というものを徹底的に排除する進化を遂げている。逆光、暗い背景なんのその。動く被写体もピタリ。人間の顔を検出して、他にピントが合ってしまうことも防止してくれる。さらに被写体が笑顔になったときには自動でシャッターが降りるという。「さすがにシャッターぐらい押させてくれよ」という気にもなるが、本当によくできている。しかも、撮った写真をその場で確認できるのだ。
道具の変化は、写真文化そのものも変質させている。フィルム代がいらなくなったことから、撮影数(ショット数)は、以前より爆発的に増えているのだが、プリント数が激減しているのだ。写真屋さんに出さないだけではない。家のプリンタで出力することもしない。パソコンの画面で見る。もしくは、デジタスカメラに使うメディアの容量が2GBや4GBにもなっていることから、そこに延々とため込んで、カメラ背面の液晶画面も大型化していることから、その画面で以前撮った画像を見るというような使い方が主流になってきているのだ。もはや「写真」という概念は完全に変質してしまっている。
トイカメラに話を戻そう。実はそこに、失われつつある本来の写真文化への回帰を筆者は見て取った。日経の記事中に、トイカメラを見に来た20代女性の来店客のコメントがあった。「現像するまで出来映えが分からないワクワク観が人気の秘密」。
そう、まさにこれなのだ。筆者は実は写真オタクでもある。デジタルカメラも使っているが、フィルムカメラもどうしても捨てられずに現役として使っている。自分としてはこんな風に写したいと頭でイメージし、そのイメージに近づけるため様々なテクニックを駆使してシャッターを切る。現像してプリントが仕上がるまでのワクワク感。そして、意図したように撮れていたときの喜び。または、意図していないような仕上がりだが、なんとなく気に入った時のうれしさ。そうしたデジタルカメラでは味わえない感覚が昔の写真にはあったのだ。
記事にあるように、仕上がりの意外さという点が受けて、トイカメラに人気が集まっている。しかし、その意外さは本当に偶然の産物である場合が大きい。では、しばらくそのおもしろさに満足して飽きたら、若者はデジタルカメラに戻ってしまうのだろうか。筆者はそのうちの一部は、従来のフィルムカメラに移行するのではないかと思っている。全くの偶然を楽しむのではなく、筆者のように、頭の中のイメージをどう実現するかを工夫して、仕上がりを待つという楽しみ方に目覚めるのではないだろうか。
何でも手軽に、かつ高精度にという今日のデジタル文化への、反動なのか、アンチテーゼなのか、登場したトイカメラ。さらにそれが発展して、写真文化の再興というようなことが起こりはしないかと考えている。これはマーケターとしての予測半分。写真オタクとしての願望半分なのだが。
まずは、トイカメラを手にした若者たちの行動に注目してみたい。
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサ ルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダ イヤモンド社)。
「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディ アへの出演多数。 一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
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