インタビュー
» 2008年05月31日 13時32分 UPDATE

嶋田淑之の「この人に逢いたい!」:米国と日本、会議に対する意識の違いは――コンファレンスコーディネーター・田中慎吾氏(後編) (1/3)

「会場は軽井沢のリゾートホテルで。ゴルフでもプールでも、自由時間は好きに過ごしていいですよ」――田中氏が手がける研修は参加者だけでなく、企業からも「また使いたい」と好評だという。コンファレンスビジネスとはどのような仕事なのか? その成り立ちや日本での展開を聞いていく。

[嶋田淑之,Business Media 誠]

嶋田淑之の「この人に逢いたい!」とは?:

「こんなことをやりたい!」――夢を実現するために、会社という組織の中で目標に向かって邁進する人がいる。会社の中にいるから、1人ではできないことが可能になることもあるが、しかし組織の中だからこそ難しい面もある。

本連載では、戦略経営に詳しい嶋田淑之氏が、仕事を通して夢を実現するビジネスパーソンをインタビュー。どのようなコンセプトで、どうやって夢を形にしたのか。また個人の働きが、組織のなかでどう生かされたのかについて、徹底的なインタビューを通して浮き彫りにしていく。


 会議や研修とは、時間ばかりかかって無駄なもの、つまらないもの――そんな“常識”をプロの力を借りて覆し、会議・研修(コンファレンス)の生産性を高めようとする企業が増えている。

 “コンファレンスのプロ”には、2種類ある。1つは企業側にいて会議・研修の計画・手配を行う「ミーティングプランナー」、そしてもう1つは、ホテルや研修センター側にいて企業などから依頼のあった会議・研修のプログラム構築や運営サポートを行う「コンファレンスコーディネーター」である。

 田中慎吾氏は、コンファレンスコーディネーターの、日本における第一人者だ。日本コンファレンスセンター協会の会長代行であるとともに、現在はプリンスホテルグループを舞台に、“成果が出るコンファレンス”を提供して支持を集めている。

 企業の会議や研修の成果を最大化する“コンファレンスビジネス”とは? その生い立ちと日本における現状について聞いていこう。

 →極上の会議&研修体験、請け負います――コンファレンスコーディネーター・田中慎吾氏(前編)

 →米国と日本、会議に対する意識の違いは――コンファレンスコーディネーター・田中慎吾氏(後編:本記事)

北欧で生まれ、米国で発展した「コンファレンスビジネス」

ay_tanaka11.jpg 日本コンファレンスセンター協会会長代行の田中慎吾氏(60歳)

 「コンファレンスビジネスの起源は北欧です。1970年代に、当時、労働生産性の低さが問題になっていたスウェーデンにおいて、生産性向上のための様々な施策がなされたんです。ボルボの工場生産ラインにおけるベルトコンベアー方式の廃止などは有名ですね。

 そうした施策の一環として、会議や研修の生産性を上げるにはどうしたらいいか検討したのが、実は最初なんです。ボルボなどが中心になって、知的創造を育むような施設は何かないか、従業員に安らぎとか健康といった人間らしい環境を与えて何か新しい発想をしてもらおうということで、そういう施設を作ったんです。

 これが1980年代に米国に伝わり、ホテル産業と結びつくことで、コンファレンスセンターとして結実し、コンファレンスビジネスと呼ばれる一大産業として確立したんです。米国には、そうしたコンファレンスセンターが、150施設以上できました。

 タイプ的には、エグゼクティブ型、リゾート型、自社所有型などに分けることができます。また、大学がコンファレンスセンターを持っている例もあり、MITのものは有名です」

コンファレンスとコンベンションはどう違う?

 コンファレンスとコンベンションとは、具体的に何が違うのだろうか?

「300人以下の会議・研修をコンファレンスと呼び、コンベンションは、それ以上の規模のものを指します。また、コンファレンスは、基本的に『人』を対象としますが、コンベンションは『モノ』を対象にすると考えると、分かりやすいかもしれませんね」

 田中氏は、当時、日本全国を席捲していた大学紛争に嫌気がさして日本を脱出。1969年にはテクノロジートランスファー研究所に入所して、欧米の最先端技術を日本の産業界に「移転」する業務に就いていた。

 「専務取締役で退職するまでの15年間に、約800件の技術移転プロジェクトの陣頭指揮を執りました」

ay_mpi.jpg 米国のミーティングプランナー団体「MPI(Meeting Professionals International)」

 1984年、テクノロジートランスファーアソシエイツの代表取締役に就任し、「集客産業」「コンファレンス産業」などの分野で、米国企業と共同で技術移転プロジェクトを推進。

「GEのウェルチ会長の片腕ドリス女史の知遇を得、コンファレンスについて学ばせてもらったのも、ちょうどこの頃でしたね」

 先週号でも触れたように、ドリス女史こそは、らつ腕の「サーティファイドミーティングプロフェッショナル(CMP)」として、ウェルチ会長の経営的成功を支えた伝説の女性である。

 「全米には、約1万5000人のミーティングプロフェッショナル(ミーティングプランナー)を抱える団体があるんですが、その中でも選ばれた400人ほどが、CMPになっています」

米国のコンファレンス事情とは? ――GEとAT&T

 「ドリス女史は、ウェルチ会長の年間50〜60回に及ぶ会議・研修の場所とか施設とかを全部選ぶのですが、あるものは、リゾートホテルで、また、あるものは、コンファレンスセンターでという風に、予算・内容・規模に合わせて選定するわけです。ウェルチ会長は、会議・研修の内容以上に、その実施環境に対して、細かく指示を与えたのです。

 また、彼らの考え方で面白いのは、『会議はやりたい時にやればいいのだ』という思想です。『朝やりたければ、そうすればいい。昼間遊んでいても構わないし、夜やったっていい。そんなものは人それぞれだろう。要は成果さえ出せばいいんだろう?』と考えるのです」

 GEにも、自社コンファレンスセンターがあるのだろうか?

 「もちろんです。GEには、『リーダーシップディベロップメントセンター』という名のコンファレンスセンターがあります。ウェルチ会長は、この施設の目的をたいへん明確に表現しました。『GEのビジョンを正確に伝えること。またスタッフに対しては、教育および才能を伸ばす環境・サービスを与えること。言うなれば、綺麗なお花に水をあげたり肥料をあげたり……そういうことを率先してすることだ』と」

ay_map.jpg GEのリーダーシップディベロップメントセンター(Google Mapsより)

 では、GE以外で、米国の代表的コンファレンスセンターといえば、どこなのだろうか?

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