イラストレーター・もんちほしの誕生(前編)郷好文の“うふふ”マーケティング(1/2 ページ)

» 2008年05月29日 13時58分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

 イラストにひと目ぼれした。たった1つの画像を眺めただけなのに“この絵と一緒にいたい”と心を揺さぶられた。大正時代の浪漫が香り、着くずした着物につややかさが宿る美人画のイラストに私は恋をした。

代表作の1つ『落椿』

 →イラストレーター・もんちほしの誕生(前編・本記事)

 →イラストレーター・もんちほしの誕生(後編)

 私が撃ち落とされた作品『落椿(おちつばき)』の題字には「いろはかをる(色は香る)」とある。「色は匂へど」ではない。「色は匂へど散りぬるを」は女性の美しさもこの世の快楽もむなしく、いずれ消え去るものよとうたった。「色は香る」を、香り高き美しさだとまっすぐ読めないことはないが、絵の女は口を開けてあえいでいる。血を思わせる真っ赤な椿には“蛾”が止まる。それも数匹もいる。私はこの絵に何を見たのか?

 イラストレーター・デザイナーの“もんちほし”さんが、コンピュータを使ってベジェ曲線で描きだすイラストは、単なるノスタルジックな美人画ではない。イラストの向こうに“情念”も“哀感”も感じる。なぜそれが弱冠26歳の女性の手からつむぎだされるのか?

 本人は「(自分の絵も、絵で生きることも)なにもかも始まったばかり」と話す。だが絵の裏には出会いがあり、恋があり、恋する自分を見つめる苦しみがあった。私のイラストへのピュアな恋がきっかけとなって、イラストレーター・もんちほしさんが今回のエッセイのテーマ。

イラストレーターのもんちほしさん(東京ビッグサイトで2008年5月17〜18日に行われた「デザインフェスタ」にて。写真提供:畠山正氏)

創作で稼ぐ少女時代

 多感な中高校生時代から“創作して稼ぐ”女の子だった。

 万年筆で美少年やギリシャ神話の絵を描く。創作のインスピレーションはビアズレー(サロメの挿画で有名)やミュシャ(華麗な女性画のポスターで有名)、ギリシャ神話(ナルシストス=自己愛の語源となった)などから得ていた。黒と白の世界、画風は今の作風より漫画っぽいものだった。絵付きの便せんを作った。挿画のある文章主体の同人誌も作った。いずれも印刷所に発注し、商品に仕立てて、通信販売やコミケ(コミックマーケット、同人誌即売会)で販売した。便せんは30種類以上作り、ファンもできた。同人誌は200部刷り、完売した。

 「売りたい、という気持ちはありました」 もんちほしさんは当時を振り返り、率直に語る。

 内気ゆえに人前に出て売るのは抵抗があったそうだが、高校生にして印刷屋に発注し商品販売に打ち込む姿には、イベントで着物を着て来場者一人一人としっかり話をする、今のもんちほしというアーティストの原型がある。

オリジナリティの大切さに目覚める

 「2つの便せんを売ったとき、“オリジナリティ”が大切だなと実感したんです」

 2つの便せんとは『HUNTER X HUNTER』(富樫義博氏による少年漫画)のパロディと、自分の創作画のものだ。イベントで2つを並べて販売したら、著名な漫画家のパロディ便せんのほうが何倍も売れた。くやしいという思いよりも“オリジナリティ”があるものが売れることを実感した。だから“オリジナルな創作”を意識するようになった。

 こうした目覚めを彼女は高校生で体験していた。実は私も、高校時代につたない文章で同人誌なるものを制作したことがある。誰か手に取ってくれさえすればよかった。売るなんて考えもつかなかった。甘っちょろい高校時代の自分を思い、赤面した。

 オリジナリティはいかに獲得できるのか。それは技巧や発想だけでなく、生きざまが重なりあってこそ生まれる。プロのイラストレーターもんちほしの誕生も、二転三転の物語のあとになる。1981年生まれだから高校時代は1997年から1999年。インターネットは黎明期から成長期に入り、PCも普及しだした。

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