森がぼくらの遊び場だ――デンマーク生まれの森の幼稚園松田雅央の時事日想

» 2008年05月27日 07時00分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

松田雅央(まつだまさひろ):ドイツ・カールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及びヨーロッパの環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ(http://www.umwelt.jp/)」


 雨にも負けず、風にも負けず、夏の猛暑や冬の凍てつく寒さもなんのその、毎日森で保育を行う幼稚園がある。その名も「森の幼稚園」。ドイツ語で「Wald kindergarten」(ヴァルト・キンダーガルテン:Wald=森、Kindergarten=幼稚園)と呼ばれるこの幼稚園に通う子どもたちと先生は、よほどの悪天候や寒波でない限りほとんどの時間を森で過ごす。

 森の幼稚園は1950年代半ばにデンマークで生まれた。既存の幼稚園に飽き足らず、子どもを自然豊かな環境で育てたいと思う保護者が多く、ドイツ国内だけでおよそ300ある。筆者の住むカールスルーエ市郊外にある森の幼稚園「森のキツネ」が設立されたのは10年前。園児30人(2クラス)と先生は、郊外の森にあるいくつかの広場を遊び場にしている。

森のすべてが遊び道具

 森に備え付けの遊具はないから、子どもたちは木の棒や草・土・枯葉などを使って思い思いに遊ぶ。想像力さえあれば、森にあるすべてが遊び道具だ。そういう自由な遊びを知らない子どもは初めのうち戸惑うが、慣れるまでさほど時間はかからない。先生による絵本の読み聞かせ、輪になってのお遊戯のほか、小さなナイフを使って木を削って遊ぶこともある。

 森の幼稚園に通う子どもたちは通常の幼稚園児に比べ「表現力が豊か」「コミュニケーション能力が高い」「体が丈夫」「情緒が安定している」といった特徴を持つ。反面、文字や数字に触れる機会が少ないので小学校に上がると遅れをとるが、その差は数カ月で埋め合わせができるという。就学年齢に達した段階での多少の学力差より、長い人生の基礎となる幼児期を豊かな自然で過ごすことを保護者は重要視している。

木の上でお昼寝(左)、輪になって歌とゲーム(右)

安全は大丈夫?

 柵のない森で子どもたちを遊ばせるため、先生はより神経を使う。子ども15人に対して先生の数は2〜3人。そのうち1人は必ず全体に目を配り、子どもが遠くへ行かないよう注意しなければならない。グループが見えなくなるほど遠くへ行かないのが「大切な約束」で、たいていの子どもはその規則を守るそうだ。約束といえば棒を振り回すような危険な遊びも禁止。それを被った子どもには何かしらの罰が与えられる(無論、体罰はない)。

 トイレは森の中で済ませる。大便は簡単な穴を掘り土をかぶせて終わり。森の中では着替えが困難なため、お漏らしをする子どもは受け入れられない。

ある程度の余裕が必要

昼食の時間。天気がよければ昼食はいつも屋外。左に見えるのはコンテナを改造した簡単な園舎

 森の幼稚園に限らないが、市民団体が運営する幼稚園には保護者の積極的な参加が不可欠だ。森の幼稚園「森のキツネ」ならば、当番制でポリタンクの水を持って来るのが保護者の役目になる。この幼稚園は人気が高いため入園が難しく、幼稚園の活動に熱心に協力する家庭の子どもほど優先されるようだ。

 保護者は子どもを自分で送り迎えしなければならないから、まずそれだけの時間的余裕が必要になる。また環境意識の高い保護者が多く、職種としてはエンジニア、教師、医師、自営業者などの割合が普通の幼稚園より高い。あまり貧しい家庭はなく、中流以上が多くを占めている。

 11時頃になると、子どもたちと先生は森にある園舎へ歩いて移動し、早めの昼食をとる。園舎といっても水道・電気・下水はなく、トイレもポータブル式。し尿はまとめてコンポストに捨て、上に土を載せるだけで半年も経てば自然と土に返る。

園庭の遊び場。左にあるのは柳の枝を地面に刺して作ったドーム。保護者が共同で作ったもの(左)、ドームの中(右)

森の幼稚園を取り巻く状況

 日本と同様、小学校は義務教育だが幼稚園に通わせるかどうかは保護者の自由だ。自治体は希望者の数に見合った幼稚園を整備する義務を負い、自前で運営するだけでなく、教会系や市民団体系の幼稚園に補助を出して「補完」することもできる。

 森の幼稚園は園舎の維持管理や上下水道の補助を必要としないため、自治体にとっては大変安上がりだ。その分、先生の人件費を全額補助するなど、別の面での補助が手厚い。

 日本のある幼稚園関係者によると、日本でも森の幼稚園は増えているが、えてして「極端」なケースがあるそうだ。一般の市民感覚からは遠い「偏った保育方針」を持つ事例が少なからずあるという。その点、ドイツの森の幼稚園に極端な思想的背景はない。社会的にはまだ「ちょっと変わった幼稚園」と考えられているものの、これから徐々に増えて行くと思われる。

 園舎内の電気はコンテナの屋根に設置した太陽電池が頼りなので、天気が悪ければ電気も長持ちしない。冬になっても温水はなく、手を洗うポリタンクの水は外気温と同じ。家庭ではいつでも使える電気や温水も「決して当たり前ではない」ということを子どもたちは理屈抜きに体験し、幼心に「環境と社会生活」の関係を学んでゆく。

インディアンのテント。インディアンのテントを建てて宿泊する夏休み前のイベントの一こま。こういったイベントにも保護者の積極的な支援が欠かせない(左)、焚き火を囲んでバーベキュー。ここまでできるのは、森の幼稚園だから。野外生活に慣れていない普通の幼稚園では、事故が怖くてとても実施できない

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