“本物”の温泉とは?――ポスト秘湯ブームの今、満足できる温泉に出会う法嶋田淑之の「この人に逢いたい!」番外編(3/4 ページ)

» 2008年05月17日 00時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

泉質をどこまで重視すべきか? 濾過循環方式って、どうなの?

 温泉通の人たちの怒りを買うだろうが、筆者としては100点満点の泉質を追求するよりは、泉質は70〜80点くらいかなというところで、ほかのファクターにおいて自分の好みを満足させてくれるところを選ぶようにしている。換言すれば、泉質について少しだけ妥協すれば、前述した4つの諸条件を満たす温泉地や温泉宿を発見することは可能なのである。

 では、筆者にとっての70〜80点の泉質とはいったい何なのか? すでに述べたように、日本の温泉宿の70%以上は、濾過循環方式を導入している。高度経済成長期やバブル経済期に、ブームに乗って多数の旅館・ホテルが温泉地に建設された。そのため、大部分の温泉地において源泉の不足が生じ、それを有効活用するために、この方式が導入された。

 これは要するに、湯の使い回しシステムである。多数の人が入浴して汚れた湯を濾過することでキレイにし、そこに加水・加温・塩素注入した上で、再度、湯船に送出する。それが汚れたらまた濾過し、加水・加温・塩素注入して湯船に出す。こうした循環を繰り返すシステムだ。

 当然のことながら、温泉としての効能は期待すべくもない。湯治目的なら行っても意味はないし、飲泉などとんでもない。このシステムの特徴はよほど清掃に注意を払わないと、レジオネラ菌が発生しやすいことで、過去の温泉施設での死亡事故は、ことごとく、このシステムの施設で起きている。

 多くの人々が勘違いしていることの1つに、「概ね、秘湯は源泉かけ流しだろう」というのがある。山奥の一軒宿とか、5〜6軒しかない温泉郷に行って、山菜中心の素朴なお料理をいただき、機能面での不便に耐え、ひなびた情緒に浸れるからと言って、そこが源泉かけ流しに違いないと思うのは早計だ。

 そうしたひなびた宿は、地元の人々を相手にこじんまりと経営している間は、たしかに源泉かけ流しだったかもしれない。しかし秘湯ブームに乗って巨大旅行ビジネスに組み込まれた途端、全国を相手にする観光地へと変貌し、多くの観光客が訪れるようになり、当然、風呂場の拡張工事などが行われる。入浴者数が、源泉湧出量に見合わないレベルまで増えた場合、さらに少人数の経営ゆえに風呂の手入れなどが追いつかない場合には、濾過循環方式を導入することがある。

 濾過循環方式の温泉に入るぐらいなら、毎日換水している銭湯に行く方がはるかに良いという人がいるが、湯の質を考えるならば、それも一理あるのだろう。

加温・加水・塩素注入なら大丈夫?

 では加温・加水・塩素注入については、どう考えたらよいだろうか? 濾過循環方式を使っていない宿では、加温、加水、塩素注入のいずれかを導入しているケースが多い。温泉は大自然の一部だから、我々入浴客が喜ぶような温度で湯が湧出するとは限らない。そこで湯温調節の問題が出てくる。

 源泉の温度が低い場合は、そのままの宿もあるが、一般的には湯船に出す前に加温する。ボイラーでいきなり沸かす宿も多いが、泉質を維持するためには、熱交換方式による間接加温の方がよいとも言われる。ちなみに白骨温泉の白船グランドホテルでは、この方式を採用している(関連記事)

 逆に源泉温度が高い場合、草津温泉のように伝統の「湯もみ」※をするところもあるものの、全国の大多数の宿では加水、すなわち、水道水を流し込んで適温にしようとする。しかし源泉の水割りでは、泉質は大幅に後退する。可能であればやはり上記の熱交換方式を使って、間接的に湯温を下げる方がよい。

※湯もみ:リーダーのかけ声に合わせて複数の人々が板で湯をかき回し、人が入れる温度まで下げること。草津温泉の湯もみは有名。

 結論から言えば温度調節は、熱交換方式による間接的アプローチを採っているところがベターということになる。では最後に、塩素注入の問題をどう考えるか?

 すでに何度も述べているように、人が入った後の湯はひどく汚れているため、湯口での源泉の湧出量と入浴者の延べ人数のバランス次第では、源泉かけ流しといえども不潔な場合もある。秘湯の宿として人気を博し、洗練されたセンス・機能性に富んだ宿というのは、言い方を換えると、たくさんの入浴客のいる宿である。

 源泉が大量に自噴していれば話は別だが、そういうところは極めて少ない。このため筆者は、塩素注入もやむを得ないと、現在は考えている。ただし入浴法には、それなりの注意や工夫が必要だ。

 というのも塩素は、肌を荒らすだけでなく、皮膚から吸収され体内を老化させると言われているからだ。せっかく温泉を楽しみに行って、結果として、身体にダメージを与えて帰るのでは、本末転倒も甚だしい。筆者も、塩素を注入した温泉でうっかり長湯すると、そのせいだろうか、湯疲れがひどく感じられ、帰京後も2〜3日、だるさが抜けない経験がある。

 従って露天風呂などで短時間湯船に浸かったら、近くに置いてあるイスや岩などに腰を下ろし、周囲の大自然を愛で、あるいは併設のサウナで汗を流すなどして、湯船だけでなく、その浴場の空間全体を満喫するようにするのがベターである。言い替えると塩素注入温泉に入る場合は、そうやって全体を満喫できるような、条件の整ったところでないと筆者としては満足しないということだ。

 多少塩素臭を感じても伊豆高原の日帰り温泉を楽しめるのは、こうした条件が整っているからであり、白骨温泉・白船グランドホテルに関してもそれは同様である。筆者のいう70〜80点の泉質とは、概ね、以上のような意味合いだ。

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