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» 2008年05月17日 00時00分 UPDATE

嶋田淑之の「この人に逢いたい!」番外編:“本物”の温泉とは?――ポスト秘湯ブームの今、満足できる温泉に出会う法 (2/4)

[嶋田淑之,Business Media 誠]

ホンモノがベストとは限らない!?

 温泉の泉質におけるホンモノとは、一般的な通念で言えば「源泉かけ流し」であり、濾過循環しないことはもちろん、加温・加水・塩素注入を一切行っていない湯である。最も本格的なものは、所有する源泉上に宿が立地し、しかも無理やりボーリングして汲み上げている湯ではなく、あくまでも地中から滲み出てくる自噴の湯である。

 しかしそんな温泉宿は、日本全国で、果たして1%あるだろうかというほど希少な存在だ。「だったら、最初からそういう温泉を探して、そこに行けばいいのでは?」と言われそうだが、事態はそう簡単ではない。例えば首尾よく、そういう温泉に行けたとしよう。一切の加温・加水を行っていない湯の湯船の温度は、果たして都合よく摂氏40度とか41度だろうか?

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 秘湯の雪見露天風呂は実に風情豊かなものであるが、湯温が30度台であれば寒いだけで、温泉の悦楽からは程遠い。一部の温泉通の人たちはそこに醍醐味を感じるのかもしれないが、大多数の人々は全身に鳥肌を立ててまで入りたくはあるまい。逆に、ひどく高温だった場合には、どうするか? 

 それに運良く、40〜41度の適温だったとしても、宿の設備が上記の洗練されたセンス・機能性から程遠い内容だったらどうするのだろうか? さらに言えばその自噴する湯の湧出量は、入浴客の延べ人数に対応できるほど豊富なのだろうか?

 十分に豊富であれば、問題はないが、そうでない場合には、いかに源泉かけ流しといえども、その湯はかなり汚れている可能性がある。最近の入浴客のマナー低下も手伝って、人が入った後の湯は、毛・垢・汗・分泌物・雑菌でとても汚いものだ。長野県が「毎日完全換水できるほどの湧出量がないならば塩素を注入すべし」という基準を設けるのは、そういう理由による。

 以上のような条件をすべてクリアできる宿が見つかり、時間的・予算的に無理なく行けるのであれば、直行すべきであろう。しかし、それは極めて困難なことである。ではあきらめて、近所の健康ランドに行くしかないのだろうか? 筆者は、そうは思わない。やはり、温泉とは素晴らしいものなのだ。

温泉地・温泉宿の悦楽とは? ――伊豆高原のケース

 筆者は取材記事で触れた白骨温泉を別にすれば、個人的には伊豆高原に日帰り入浴に行くのが好きである。人生のほとんどを東京で過ごしているが、大都会の生活はとにかく疲れる。そんな筆者は、無性に季節感を味わいたくなる時がある。昨年も日本の夏を感じたくなって、ある朝、友人たちと伊豆高原に日帰り入浴に出かけた。

 伊豆急行の伊豆高原駅は、「えっ、ここは軽井沢?」と錯覚させるような雰囲気。「太平洋を背に湯に直行! 源泉かけ流し」というキャッチフレーズのに塩素の匂いが鼻をつくなど、泉質そのものについては若干の疑問もあった。しかし素晴らしい1日となり、1カ月後にまたそこを訪れたのであった。

 開放的な露天風呂は、豊かな緑が目に染み、盛大なセミの鳴き声、ギラギラした夏の陽光、吹き抜ける涼風は、都会のそれとは比較にならず、自然そのものを実感させてくれる。湯から上がって岩の上に腰を下ろしていると、ヤモリがチョロチョロとやってくるではないか(何十年ぶりだろうか?)。見上げれば、シオカラトンボや、黒アゲハが舞っている。懐かしさが込み上げて来る。

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 のびのびとした気分になって伊豆高原一帯の散策に出る。テレビの2時間サスペンスでよく登場する城ヶ崎の吊橋も近くにあるし、大室山の眺望も美しい。名探偵・明智小五郎のロケにも使われた一碧湖(いっぺきこ)も忘れ難いし、魅力的な美術館も数多い。

 お腹が空けば、やや割高ながら、その朝、伊東港で水揚げしたばかりの魚を使った海鮮丼を楽しめる。結局、筆者にとっての魅力的な温泉地あるいは温泉宿とは、以下の通りである。

 「大自然と一体となって、開放感と季節感を体感できる」「近隣に風光明媚な見所がある」「洗練されたセンス・機能性がある」「地の食材を生かしたおいしい食事が食べられる」ところということになる。

 結果的に、これらは前述した3つの要素をすべて満たすことになる。そして、肝心の温泉の泉質に関しては、濾過循環方式でなければ、それでよい。

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