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» 2008年05月02日 19時12分 UPDATE

神尾寿の時事日想:高齢者ドライバー問題は「今、そこにある危機」

年をとれば、とっさの場合の認知・操作能力が落ち、事故を起こす危険が高まる。警察では高齢者ドライバーに自主的な運転免許証の返納を求めるなどしているが、複合的な事情や背景があり、なかなか進まないのが現状だ。

[神尾寿,Business Media 誠]

 1日の午後5時頃、岡山県倉敷市児島下の町の市道交差点で、歩道にいた家族4人に75歳の男性が運転する乗用車が突っ込み、保育園に通う5歳の女の子が死亡。36歳の父親が全身打撲の重体で、母親と小学2年生も軽傷を負うという、痛ましい事故が起きた。時事通信ほか新聞各紙の報道によると、自動車運転過失傷害(後に過失致死傷に切り替え)で現行犯逮捕された75歳のドライバーは、「交差点で車列の後ろに止まろうとした」と供述。警察では、同容疑者がアクセルとブレーキを踏み間違えたとみて調査を進めているという。

 今回の事故は非常に痛ましい内容だったため大きく報道されているが、高齢者ドライバー問題は、すでに「今そこにある危機」だ。65歳以上のドライバーは高齢者の増加とともに年々増えており、それに合わせて事故も急増。この10年間で2倍以上に増えている。高齢者白書によると、2010年には約1400万人が「高齢者ドライバー」になる見込みだ。

能力の衰え以上に危険な「高齢者の過信」

 高齢者ドライバーの事故増加の原因は、表層的な部分では「老化による能力の衰え」がある。瞬間的な認知と操作の能力が衰えて、運転操作が間に合わなくなる。運転中の判断ミスやパニックに陥りやすいといった点は、多くの調査データが示すところだ。年をとるに従い、「クルマの運転に適さなくなる」のは自然なことであり、当然なのだ。

 もっと根深い問題は、“高齢者の意識”の方にある。

 少し古い資料だが、2002年に兵庫県警が行った調査によると、20歳から73歳までのドライバーのうち、「クルマの運転に自信がある」と回答した人の比率は“65歳以上が最も多く”、彼らの多くが「事故を起こすのは運転が下手な証拠」だと答えたという

 筆者も昨年、高齢者ドライバー問題について様々な地域で取材や意見交換を行ったが、「高齢者ドライバーは身体能力の衰えを認めたがらない。むしろ、『自分は運転に慣れている』と過信やプライドを持つ人が多い」(警察関係者)という声が多かった。また高齢者ドライバーに行ったインタビューでも、「少しくらい歳を取っても、経験があるから大丈夫。まだ若い者には負けない」という意見が多く聞かれた。

 しかし、その一方で、高齢者ドライバー事故の7割近くが「自宅から10分以内の近所」で起きているのが現実である。

免許返納させられない「クルマ依存社会」

 高齢者ドライバー事故の増加に、警察も手をこまねいているわけではない。2002年6月に施行された改正道路交通法では「免許返納制度」を導入。自主的に運転免許証を返納した高齢者ドライバーに対して、公的身分証明書として使える「運転経歴証明書」を発行するなどして高齢者の“免許卒業”を促そうとしている。一部の県では、県警がバス会社に協力を要請し、免許返納をした高齢者にバス割引定期券を発行するといった取り組みをしている。

 だが、高齢者の「免許返納」への取り組みは、思うように進んでいないのが実態だ。特に地方では、モータリゼーション以降、公共交通インフラが衰退し、クルマがなければ生活できない“クルマ依存社会”になっている。

 この状況に追い打ちをかけているのが、地方の少子高齢化や現役世代の都市部への流出だ。高齢者が増える一方で、彼らに変わって運転をする若い家族がいなくなっているのである。クルマがなければ生活できず、高齢者だけの老老世帯が増えている中で、「強引な免許返納施策はできない」(四国地方の県幹部)のが現状だ。

高齢者が「クルマ卒業」できる環境作りを

 このように高齢者ドライバー問題は根が深く、しかもすでに危機的状況に陥っている。

 まず、すぐにできる取り組みとしては、高齢者ドライバーの意識改革が必要だ。ここでは高齢者の免許更新制度の見直しや定期的な能力・技能検査の義務づけが避けられない。高齢者の反発はあるだろうが、彼ら自身が、自らの危険性を認知することが重要だ。

 またテクノロジー的な部分では、ITSの分野で、様々な安全運転支援システムが実用化されはじめている。例えば、夜間に歩行者の存在や衝突危険性を知らせる「ナイトビジョンシステム」や、衝突しそうな時に警告音で知らせて自動的にブレーキをかける「衝突警告・事故軽減システム」などはすでに存在する。だが、これら先進安全装置はいずれも高価であり、一部の高級車向けにしか用意されていない。今後は、これらの予防安全技術を高齢者ドライバーの支援システムに位置づけて、官民を挙げて低価格化・普及促進させる取り組みが必要だろう。

 さらに中長期的な視野に立てば、高齢者が「クルマ卒業」ができる環境作り、交通システムの再構築が必要だ。ここで重要になるのは、公共交通の整備と利用促進だ。

 東京をはじめとする都市部では、すでに鉄道・地下鉄・バス・タクシーなど公共交通インフラが充実しているが、今後も引き続き先進化とサービスの拡充が必要だろう。また、欧米の交通先進都市のように、トランジットモールやロードプライシングで都市部でのクルマ利用を抑制し、道路をバスやトラム(路面電車)などで使うなど、公共交通を優先する考え方が欲しいところだ(参照記事)

 一方、地方はクルマ依存社会で公共交通が疲弊しているため、それをいかに再生するかが大きな課題になる。愛媛県松山市など、すでにいくつかの地方都市が、公共交通と市内中心の商業地域を活性化する「コンパクトシティ」作りを行っているが、このように“人口密度を高くして公共交通への転換を図る”取り組みは、今後さらに重要になる。また、郊外に残る高齢者に対しても、オンデマンドバスやタクシーなどを使った「移動のケア」が必要になる。

 高齢者ドライバー問題。それは今そこにある危機であり、“クルマ依存型”という20世紀型の交通社会から突きつけられたツケでもある。21世紀型の交通システムの模索と転換は、ここでも「待ったなし」だ。

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