株式上場は「人生のアガリ形」か「黄金の拘束衣」かロサンゼルスMBA留学日記

» 2008年04月28日 10時46分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 先日、友人から面白い話を聞いた。彼は大学卒業後、ベンチャー企業の創業に関わったあとMBA留学したという経歴を持つ。そのベンチャー企業はのちに、株式上場(IPO)を果たした。だが、彼によればIPOの際に社内がかなりもめたという。

 いわく、市場を意識しすぎるようになった。昔は社内に活気があり、面白いことを思いつたら即座に「それ、やってみよう」と行動していた。それがIPO後は「これをやったらマーケットにどう評価され、株価はどうなるか」ということを常に考えるようになった。要するに保守的になってしまったのだ。

 また会社の性格上、そもそも上場する必要があるのか? という議論も起きた(どのような業態だったかは、ここでは言及を避ける)。会社として「こうあるべき」という考え方の違いから、意見が衝突することもあったようだ。「一流企業を飛び出してきた優秀な創業メンバーが、次々と辞めていった。これがIPOの失敗ぶりを如実に物語っている」と友人は話す。結局は、株を持っている社長が儲けただけだったと彼は結論づける。

 もちろんこれは、ある1人の視点で語られた話だ。ベンチャー企業の社長に言わせれば、また違った話が聞けるのだろう。とはいえ、これに似た話はほかにもある。筆者が良く知っている某IT企業も、IPOに伴いいろいろとバタバタした。

 この企業の場合は、上場するからには「しっかりした」企業になる必要があるとのことで、情報漏洩を防ぐ完全なセキュリティシステムが強制された。「不審な人間と契約を交わしていないか、市場は気にするだろう」ということで、部外者と取り交わす契約もより厳密な形態で行うことが求められた。そのほかにも窮屈なルールが増え、不満を口にする社員が複数いた。「結局、取締役クラスが儲かるだけだろう」という陰口を叩くものもいた。すべて、似通った話だ。

 かのライブドアも、会社を上場させる過程でゴタゴタがあったと聞く(関連記事)。創業メンバーの1人は、「会社を大きくする必要などない」と主張した。経営者にすれば「人生のアガリ形」(成功形)のように言われるIPOだが、こうして聞いていくと悪いことにも見えてくる。どちらが真実なのか? 少し考えてみたい。

企業が上場すると、どんなメリット&デメリットがある?

 そもそも、会社はなぜIPOをするのだろう。「資金調達のため」という人がいるが、これは個人的には微妙な表現だと思っている。会社設立時に、ある程度の資金調達はできている。より正確にいうなら「資金調達能力を上げるため」だろう。

 社長は手元資金を出し(Equity)、投資家から出資を受け(Equity)、銀行からお金を借り(Debt)てビジネスを始めている。ここでいう投資家とは、ベンチャー社長と1対1で話をして、事業プランを精査するプロの投資家だ。この時点で株式(Equity)の比率は、社長60%、投資家40%としよう。

 経営状態が良くなり、首尾よく上場できれば、その後は一般の投資家たちも取引に参加するようになる。こうなると、自宅でPCをにらみつつデイトレードしているような、名もなき投資家たちも参加することとなる。企業はオープンなマーケットで、より幅広い層から資金調達ができる。つまりは資金調達能力が上がる。

 世間的に「上場したのだから安心できる企業だ」と認識してもらえるのも魅力だ。これは取引先や、新たな投資家との関係を良好にする。従業員としても、「東証一部上場企業の社員です」といえば、銀行からのローンも組みやすい。結婚もしやすかろうというものだ。

IPOは“ゴールデン・ストレイトジャケット”

 ベンチャー社長は、市場で株を売ることで大きなリターンを手にできる。仮に上場に伴い、60%の株のうち5%を手放したとしよう。上場のときに1000億円の時価総額が付けば、5%は50億円だ。普通のサラリーマンなら一生かかっても稼げない額を、一瞬で手にできることになる。

 2006年にIPOを果たしたミクシィの笠原健治社長は、全体の62.75%、4万5700株を持っていた。2007年3月31日の有価証券報告書を確認すると、持株数は4万5350株に下がっている。ミクシイの株価は変動が激しいが、上場した瞬間には時価総額が2000億円を超える値が付いていた。350株を市場で売って、普通に考えるなら数億〜十数億円のリターンを手にしたと推測できる。

 とはいえ上場企業には、情報公開が義務付けられる。会計基準にのっとった財務諸表を作成しなければならないし、監査も受けるから、億単位のコストと膨大な労力がかかる。さらに言うと、これらの情報はライバル企業も参照できる。秘密にしておきたかった情報がバレるということで、戦略上のデメリットも出てくる。つまり、メリットとデメリットの両方があるのがIPOということだ。

 MBAの授業で、長年投資銀行で働いた人間がゲストスピーカーとして登場し、「I'm not a big believer of IPO」(私はIPOの熱烈な信者ではないんだ)と話していたことがある。彼によれば、IPOは「Golden Strait Jacket」(ゴールデン・ストレイトジャケット)。ストレイトジャケットとは、囚人などに着せる拘束衣のことだ。要するに金ピカだけど、身動きが窮屈になるジャケットということになる。「お前は黄金の拘束衣を着たいか?」と聞かれれば、確かに「No」と答える人間も多いだろう。

IPOの負の側面を意識する

 個人的には、それでもやはりIPOはいいものだと思う。創業メンバーが頑張ってきたことが、上場という“成功の称号”を得る。「IPOで満足してはいけない」という意見もよく聞くが、ベンチャーにとってIPOがひとまずの目標になることは否定できない。

 創業者がこのタイミングで株を売るのも、多少は構わないと思う。創業者の「売り逃げ」だと批判する人間もいるが、やはりリターンを得なければ、リスクをとって起業した意味がない。上場企業の社長が成功の姿を見せてくれないと、後に続こうという人間が少なくなる。

 だが同時に、それは企業文化を変え、混乱を招く可能性のある「ピンチ」であることも認識すべきなのだろう。無条件にIPOを目指すと、失敗する場合もある。それは覚えておきたいところだ。

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