うまい、やすい、“はやくない”店舗の狙いとは――吉野家(後編)小西賢明の「お客様を想え。」(3/3 ページ)

» 2008年04月18日 10時59分 公開
[小西賢明,GLOBIS.JP]
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 例えば、店内オペレーションが変わる。結果、店員の動作もたどたどしくぎこちない。また、できたての天ぷらはとても(本当にとても)おいしいが、この「できたて提供」を吉野家の新フォーマットとして多店舗展開できるかは微妙。モスバーガーとマクドナルドが違うように、「おいしいが早くない」になってしまうのではないか。

 これまで108年の歳月をかけて育成してきた吉野家のビジネスモデルとオペレーションマニュアルは、ここでは通用しなくなっている。おそらく顧客から見えないところでは、大変な苦労があることが容易に想像される。

 しかし。吉野家はこの店舗形態にチャレンジを、そして(蕎麦・天ぷらをどうするかはともかく)カウンターからテーブルへ、すなわち「単品・素早く食べる・男性限定」店舗から、「複数商品・腰を据えて食べる・家族中心」店舗に、全体の半数の店舗を切り替える意思決定を行った。

 郊外で成長したすき家から何かを学んだのか。そのきっかけは分からないが、新生吉野家の幕開けが、いよいよ始まろうとしている。

ターゲットが変われば、なすべきことがありとあらゆる側面で変わる

 商品ラインアップの試行錯誤ばかりを重ねる時期は終わった。今、明確にあるのは、「家族」というターゲットの取り込み。このターゲットを本気で見据えれば、やらねばならぬことが山ほどある。

 ターゲット、すなわち顧客層が変われば、価値が変わる。「うまい、やすい、はやい」に変わる新たな価値。それは、何か。(「うまい、やすい、はやい、たのしい」?何?)

 ターゲットと価値(つまりSTP)が変われば、打ち手も変わる。店舗のあり方も。メニューのあり方も。接客のあり方も。新たなその姿は、どうなるのか。打ち手が変われば、店内・全社のオペレーションも変わる。どんなバリューチェーンが、求められるのか。

 ターゲットが変わるということは、なすべきことが、ありとあらゆる側面で変わるということなのだ。

 吉野家はかつて「女性取り込み」を目指して、できる努力を様々に重ねてきたように思える。しかしそれは「既存ターゲット・コンセプトを毀損しない範囲で」にすぎず、正直、表層的な取り組みでしかなかったように思う。

 しかし今回は、もっと本気。「家族」という新たなターゲット顧客に、すべき努力を本気で進めようとしている。新たな顧客に愛される日を夢見て。本気の意志を持って。「半分の店舗で、ターゲットを明確に見据えなおす」という大きなチャレンジが、今まさに始まっているのである。

 ちなみにすき家を見ると、家族ターゲット型店舗の未来が少し垣間見えてくる。お子様メニューが存在。デザートも存在。(現在の吉野家でも一部店舗で出しているが)ビールもグビグビと……。

 言うまでもなく、すき家の後追いをすればよいとは、まったく思わない(本当に、まったく、思わない)。が、数年後の吉野家の姿のヒントが、ここにあるかもしれない。どんな店舗になっていくのか。ここからの革新が、おおいに楽しみである。

 吉野家のチャレンジが今後どうなるのかは、分からない。分からないが、多いに期待したい。「新たな顧客」に愛される日を夢見て。今しばらく、吉野家から目が離せそうにない。

余談

 グロービス受講生との私的な議論の場で、「うまい牛肉という吉野家の強みを生かして、新商品はできないのだろうか。新たな顧客に愛されるような」。そんな議論が巻き起こったことがある。これを踏まえ、その時の有志が、吉野家の牛皿を使って新たなゴハンを作ってくれた(写真)。

 ヒントは米国にあるフィラデルフィア・サンド?らしい(炒めた牛薄切り肉をたっぷり入れたホットドックに、とろけるチーズを乗せたもの)。これが……とてもうまかった。

 吉野家の肉の素晴らしさに改めて驚くとともに、有志のチャレンジに感謝。皆さん、ありがとう。


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