うまい、やすい、“はやくない”店舗の狙いとは――吉野家(後編)小西賢明の「お客様を想え。」(1/3 ページ)

» 2008年04月18日 10時59分 公開
[小西賢明,GLOBIS.JP]

小西賢明の「お客様を想え。」とは?

グロービス・マネジメント・スクールで教鞭を執る、小西賢明氏による新連載。マーケティング分野・新規事業分野を中心にプロジェクト支援や企業アドバイザーなどを務めてきた知見を生かし、巷の気になる商品・サービスのマーケティング戦略について、独自の視点で分析する。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2007年10月17日に掲載されたものです。小西氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


吉野家、その本当の危機とは

 原材料の米国産牛肉の輸入禁止は、確かに危機。そして吉野家は、その危機を乗り切った。しかし。もっと大事な「危機」があるような、そんな気がしてならない。

 本コラムの第1回「スターバックスコーヒージャパン『be juicy! 』――思い付きではなく、想いを巡らして、お客様を想う。」でも述べたように、マーケティングとは「わざわざ売り込みに行かなくても、お客様が購入しに来てくださる状況」を創出することである。それを安定的に行うために、マーケティングには流れがあり、型がある。それが、「環境分析」→「STP=セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング」→「マーケティング・ミックス(4P)」だ。

 「環境分析」に基づき、「誰をターゲット顧客とするのか」「その人たちに、どのような価値を提供するのか」といったことを明確にし(「STP」)、この価値を具現化する「Product(製品)」「Price(価格)」「Place(ここでは場所)」「Promotion(プロモーション)」という「4P」を決定する。これを再度、思い出してほしい。

 そのうえで、吉野家のマーケティングに想いを巡らせると、どうだろうか。牛肉輸入禁止からこちら、吉野家は実に様々な商品開発にチャレンジしてきた。

  1. 豚丼:皆が知っている。
  2. 牛焼肉丼、豚キムチ丼:これらも、定番化しつつある。
  3. 牛すき鍋:「丼」ではなく「鍋」のこの商品。厳しい時代を乗り越え、見事に残った。

 その一方で、位置づけが曖昧な存在もある。

  1. カレー。ソースカツ丼。 一部の店舗で扱っているが、どうしたいのか。

 もっと言えば、販売休止になった商品も山ほど。

  1. 鮭いくら丼。焼鶏丼。マーボー丼。角煮きのこ丼。そのほか、様々な商品が、出ては、消えた。

 いろいろ、頑張った。いろいろ、やった。しかし、その結果。筆者の周囲では、こんな声も聞かれるようになった。「吉野家、結局、どうなりたいんだろうね?」

吉野家、結局、どうなりたいんだろうね?

 もう一度、考えてほしい。吉野家の危機って、何だったのだろう。それは、本当に終わったのだろうか。

 吉野家は、客層が成人男性に大きく偏っていたことが、そもそもの大きな課題の一つである。女性にも来てもらいたいと様々な努力をした時期もあるが、現時点で「女性も入りやすい吉野家」と呼べる状況であるとは、言い難い。

 「ターゲット顧客は、今のままで良いのか」――この肝心の課題については、様々なバラエティある商品開発を進めた時期に、特段に議論が進んだわけでもない。

 そもそも吉野家は単品経営が強みだった。それがBSEを機に、いろいろチャレンジせざるを得なくなった。言葉を変えれば、新しい客層(例えば女性)に向けて何か明確な事業戦略を立て、そこに紐づけて商品開発が行われたわけではなく、牛丼の不在を埋めるために試行錯誤の商品開発が行われたわけである。

 この結果として、牛丼再開後にも、豚丼・牛焼肉丼・豚キムチ丼・カレーなど、確かに様々な商品は残った。しかし、それと同時に、吉野家は牛丼屋の域を超えた……これは何屋さん? そのコンセプトは曖昧にぼかされたままだ。

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