都市交通新時代――トラムと車が共存できる街松田雅央の時事日想

» 2008年04月15日 10時00分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

松田雅央(まつだまさひろ):ドイツ・カールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及びヨーロッパの環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ(http://www.umwelt.jp/)」


 前回、公共交通の整備と中心市街地からの車の締め出しを組み合わせたヨーロッパ・ドイツの都市交通を紹介した。トラム(路面電車)とトランジットモール(公共交通と歩行者の専用道)の生み出す自由な空間が歩行者を「街の主役」に引き戻し、中心市街地に活力を呼び込む、その様子を垣間見ていただけたと思う。車の呪縛から解き放たれた中心市街地は、理屈抜きの心地よさにあふれている。

 →トラムが走る街とトラムが創る街

 しかし、こういった街づくりの手法を「車の敵視政策」と考えるのは誤りだ。公共交通も車も都市交通に不可欠な要素であり、お互いの長所を生かしながら共存の道を探るべきものである。

クリスマス時期のカールスルーエ中心市街地

パーク&ライド利用のススメ

 そのことを示す好例の1つに、「パーク&ライド」と呼ばれる交通形態がある。例えばカールスルーエ(地図)郊外に住み、毎日中心市街地の職場へ通勤しているAさんの場合。

 Aさんは自宅から職場まで自家用車で通勤することもできる。ドアツードアで通えるのは楽だし、多量の書類や重い荷物を運ぶには便利だが、毎日の渋滞にイライラさせられ、職場近くの駐車場が満杯ならばかなり離れたところに停めなければならない。

 一方、Aさんの自宅から車で数分のところにはトラムの停留所があり、その無料駐車場(パーク&ライド駐車場)に車を停めてトラムに乗り換え職場へ通うという選択肢もある。幸い、降車停留所から職場までは100mと離れていない。トラムの乗り心地は悪くないし、車内で書類に目を通すこともできるからAさんはもっぱらパーク&ライド通勤を利用している。

 パーク&ライドの価値がもっと顕著に現れるのが、街で大きなイベントのあるとき。カーニバル、野外コンサート、サッカーの試合など、数万人が集まるイベントに多数の人が車で来るのは非現実的なので、どうしても郊外に車を停めそこから公共交通を使うことになる。

郊外のパーク&ライド駐車場

環境保全を訴えるには“お得さ”のアピールが必要

 もちろん環境保全の観点でも、車よりパーク&ライドが望ましい。省エネルギーに役立つほか、渋滞・排気ガス・騒音が減るため都市環境の改善が期待され、それもAさんがパーク&ライド通勤を選択している理由の1つだ。

 ただし、環境保全は人の心に訴える呼びかけではあっても、それだけで社会を動かすには限界がある。これはすべての国と地域に共通することで、精神論に頼り過ぎる環境保全はいつか行き詰まる。不特定多数の行動を左右するには「環境保全のためにパーク&ライドを使いましょう!」だけでなく、併せて「パーク&ライドはお得です!」という経済的な裏付けが必要だ。

 パーク&ライドが無料か有料かは地域によりまちまちだが、有料の場合でも公共交通利用者は無料になったり、大幅な割引がある。職場によって通勤手当がどれだけ出るか、また職場の駐車場があるかどうかの条件もケースバイケースだが、今後ガソリンや軽油の価格上昇が続けば公共交通の割安感はずっと強くなる。

 市民は無理をしてトラムやバスに乗っているわけではない。公共交通の方が「便利で安く快適」だから選択しているまでだ。

草地の線路を走るトラム。草地の線路は走行音の低減、舞い立つ埃の減少、都市気候温暖化防止に効果がある(左)。都市の駐車スペースは恒常的に不足している。路上を駐車スペースとする以外に方法はないが、見通しが悪く子供の飛び出しが心配だ(右)

自家用車の共同利用――カーシェアリング

 公共交通と車の共存を考えるもう1つの例に「カーシェアリング」がある。

 日本でも最近増えてきたカーシェアリング(参照記事)。ごく簡単に書けば「自家用車の共同利用」ということになろうか。日常的に車を使うことはないが、週に1度くらい使う。あるいは車を1台所有しているが、ときたま夫婦別々に車を使う。かといって2台目の車は買えないし、買う必要もない。その都度レンタカーを借りるのは手間がかかるから、マンションや近隣世帯で車を共同利用できれば大変便利だ。2家庭で1台の車をシェアすることもあるし、1000人が協会員として加盟して100台の車をシェアする場合もある。「私たちの車」として管理や組織運営にも参加するため、レンタカーに比べてずっと安く手軽に利用できるのが利点だ。

公共交通があってこそ

 さて、このカーシェアリングと公共交通がどのようにリンクしているのか? カールスルーエでカーシェアリングを運営する企業、シュタット・モバイルを例にして話を進めたい。

 シュタット・モバイルは2000人余りの協会員を抱え、200台ほどの車を市内各所の駐車場に配置している。協会員は電話かインターネットで使いたいタイプの車を予約し、指定された駐車場へ行くことになるが、その駐車場が自宅のすぐ近くにあるとは限らない。自宅から徒歩で行けない場合は、自転車、あるいは公共交通を利用する。シュタット・モバイルとカールスルーエ地域の公共交通を管轄するKVV(カールスルーエ交通連盟)は提携しており、カーシェアリング用にパーク&ライド駐車場の一部が確保されている。

 また、カーシェアリングの協会員であれば公共交通の年間チケットを1カ月分割引で購入できる特典もある。一時、シュタット・モバイルの加入者は伸び悩んだが、この制度を取り入れてから急増に転じた。

カーシェアリングの車。使用料金は走行距離と利用時間で決まり、それとは別に毎月の基本料金を支払う。料金が最も安い軽自動車の場合、使用料金は1時間当たり0.98ユーロ(約157円)、1キロメートル当たり0.19ユーロ(約30円)かかる。例えば2時間の買い物で20キロメートル走ったとすれば5.76ユーロ(約922円)で、ここには燃料代も含まれる(写真左)。カーシェアリングの事務所にて。カーシェアリングの駐車場には必ず写真のような小さなボックスが設置されており、この中に各車のキーが入っている。協会員はそれぞれカードキー(左手)を所持しており、それでこのボックスの扉を開ける(写真右)

地域社会の質を高める

 カーシェアリングの利用者が増えると自動車の販売数が減り、今度は自動車産業が困るのではないか、と危惧する人もいる。確かに加入者が運転免許保持者の数%にまで増えたとしたら影響は出るかもしれないが、現在は1%程度。この問題はまだ特に取りざたされていない。

 自動車産業界は中心市街地からの車の締め出しやカーシェアリングの普及に反対しているわけではなく、逆に新しい交通政策に協力的だ(写真7)。少なくとも筆者の目にはそう映る。もちろん車が売れなくては困るが、地域社会の健全な発展と経済成長なしに車が売れるはずもない。地域経済が沈むのに自動車産業だけが浮き上がるような奇跡は起きないからだ。車が都市を"食い潰す"ようなことがあってはならないのである。

 公共交通の質は地域社会の質を測るバロメータ。公の資金を使いながら公共交通の整備運営を進めるのがドイツの考え方であり、公共交通を充実させながら中心市街地の車を締め出す、そのアメとムチの使い分けが絶妙だ。ドイツが目指すのは「脱車社会」ではなく「公共交通と車が棲み分け、共存できる社会」である。

郊外の駅とパーク&ライド立体駐車場。この駐車場は、地元自動車メーカーの出資で郊外の駅に建設された。駐車料金は無料
※文中、1ユーロ(100セント)=160円で計算しています。

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