タタ、ジャガーとランドローバーを買収――流転する自動車ブランド神尾寿の時事日想

» 2008年04月04日 11時25分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 3月26日、米フォードモーターが傘下のジャガーとランドローバーを、インドのタタ・モーターズ(参照記事)に売却することについて、最終合意に入ったと発表した(プレスリリース、英文)。売却額は23億ドル(約2298億円)。来四半期末までに売却手続きを終了するという。

インドのタタ・モーターズ

 ジャガーの歴史は、1922年のスワロー・サイドカー・カンパニーまで遡る。当時はバイクのサイドカーメーカーだったが、その後コーチビルダーに転身、1930年代には自動車製造メーカーとなり、初めてジャガーの名を冠した「SSジャガー2.5」が登場したのは1935年だ。

 一方、ランドローバーの開祖は1878年にジョン・ケンプ・スターレーとウィリアム・サットンが創業したローバー社。英国王室ともゆかりが深く、1950年前後には高級乗用車や四輪駆動・オフロード車の先駆けになったランドローバーで全盛を迎える。ちなみにランドローバーは、当時の英国貴族が荘園を回ったり、狩猟をするといった需要から生まれたという。

 この2つの英国名門ブランドが揃って凋落したのは1970年代のことだ。一時はブリティッシュ・レイランドというイギリスの国有企業になり、1980年代後半に民営化されたものの、両ブランドとも米国の自動車メーカーであるフォードの傘下に入った。

 そして今度は、アメリカのフォードの経営が悪化し、ジャガーとランドローバーを手放すことになる。歴史ある英国の名門が、約1世紀の時間を経てインドの新興自動車メーカーの手に渡った。あまりにも衝撃的かつ象徴的な、ブランドの流転である。

世界中に散らばった自動車ブランド

 ジャガーとランドローバーだけではない。今や自動車ブランドは、出自が名ばかりとなるほど流転・拡散している。

 例えば、同じく英国の有名ブランドである「MINI」は、もともとはローバーの一部門だったが、1994年にドイツのBMWがローバーグループごと同ブランドを買収。その後、BMWはMINI以外のローバーを経営上の重荷であるとし、2000年に「MINI以外のローバーグループ全部門」をイギリスの投資家グループに10ポンド(当時のレートで約1660円である!)で売却。今では“BMWのMINI”として、見事に復活・再生させた。

 BMWは中型車である3シリーズと5シリーズを中心に、スポーティでクールなブランドイメージを構築していたため、MINIはポップで親しみやすい“プレミアム・コンパクト”ブランドとしてうまく補完関係が築けた。BMWとMINIの関係は、数多くあったブランド再編劇の中でも成功事例と言えるだろう。

「ポップな小型車」のMINIと、「クールな中型車」BMWは、イメージがかぶることもなく、うまくブランドを補完し合っている

 英国ブランド以外では、1962年に創業のイタリアの名門ランボルギーニも、ブランドが流転している。1970年には同じイタリアのフィアット傘下に入り、1980年代にアメリカのフォード、そして1993年にインドネシアの財閥セトコ・グループに組み込まれた後、1999年からはドイツのアウディ傘下に入っている。フェラーリやアルファロメオなどイタリアの名門ブランドの多くはフィアットの下に結集したが、ランボルギーニだけが例外となった。

ブランド再編の意味が変わる?

 自動車ブランドの再編は、1990年代には「生産規模の拡大」と「販売チャネルの多様化」の旗印のもとに進められた。特にクルマの車台共有が一般化したことで、クルマの基本部分が同じでも、デザインや最終的な乗り味を変えることで“別のクルマ”として仕立てる手法が定着した。例えば、フォード時代のジャガーでは、ジャガーSタイプがフォードのリンカーン、ジャガーXタイプはフォードのモンデオと車台を共有している。基本部分は大衆車と共有してコストを削減しながらプレミアムなイメージのクルマを作り、アッパーミドル層にも“手のとどく高級車”として販売量を増やす。新たな顧客の獲得とシェア拡大を狙うことが、当時のブランド獲得の戦略だったのだ。

 しかし、最近の自動車ブランド売買をとりまく環境は、以前のブランド再編とはやや様相が変わってきている。

 世界的な原油価格高騰の影響や環境問題の深刻化、そして消費者マインドの変化もあり、自動車市場が「コモディティ化」と「嗜好品化」の2極分化するスピードが速くなってきている。この中で、歴史ある名門高級ブランドは、将来の“嗜好品”としての価値で買われ始めているのだ。1990年代のブランド再編では高級ブランドを買った自動車メーカーが、車台共有でコスト削減した“お買い得なプレミアムカー”を相次いで市場投入して販売規模の拡大を狙ったが、今後はむしろ逆になるシナリオも考えられる。

 大衆が憧れるものではなく、一部の富裕な趣味人のための嗜好品。自動車ブランドの価値が変わり、再び世界を流転する可能性がある。

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