「人のために生きる」が夢だと気付いた瞬間――知られざるMRの世界(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(3/3 ページ)

» 2008年03月22日 09時01分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]
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第一三共でMRの意識変革を目指す

医者とMRが目指すべきアポイント

 その後、第一製薬の本社人事部で教育・研修を担当するようになった近澤氏は、MRたちの「意識変革」に全精力を注入した。

 「私自身がそうであったように、ひとりひとりのMRがミッションに目覚めることがまず必要だと考えました。ミッションが明確になれば、将来どうなっていたいかという“ビジョン”も見えてくるでしょう。そこまでできれば、それを実現するに日々どのような価値観にのっとって行動すべきか、という“行動規範”(バリュー)もおのずから明らかになってきます」

 MRの教育研修で目覚しい実績を挙げてゆく中で、彼自身の社内での活躍の舞台も広がった。近澤氏は、人材開発課長として第一製薬全体の社員教育・研修の企画プロデュースを行うようになる。

 MR教育を担当している当時から感じていることがあった。それは、せっかく集合研修で「ミッション・ビジョン・バリュー」に目覚めさせても、彼らがそれぞれの職場に帰ってしまえば、彼らの上司次第で、スポイルされてしまう。上司自身に「ミッション」も「ビジョン」も「バリュー」もなければ、結局、意味はない。

 「会社の経営理念が社内で共有化されていれば、それに基づいて行動できますが、そうでない場合、職場の上司(=ミドル)の価値観が決定的な力を持ちます。その点から言って、第一製薬の場合、経営理念が徹底しておらず、上司の影響力が強かったんです。であれば、ミドル自身が会社の経営理念を体得し、自らのミッション・ビジョン・バリューを体現することが必要だと感じたんです。それだけではありません。若い社員たちがミッション・ビジョン・バリューに目覚めた場合に、それが自社の経営理念の方向性に矛盾しないよう、うまく整合するよう『支援』することが、今後のミドルには必須の要件だと考えたんです」。

 こうして近澤氏は、“第一製薬のミドル層のパラダイム転換”という改革に着手した。この試みは、2006年、所期の目標をほぼ達成する形で終了する。近澤氏は翌年、新天地である財団法人医薬情報担当者(MR)教育センターへと移った。

全国5万5000人のMRのために

 第一製薬で、教育を通して多数のMRの意識改革を行ってきた近澤氏。今度は日本中のMRを意識改革へ導く役目を担うことになった。MRを雇用する製薬系企業は約230社あり、合計約5万5000人に上るMRが日本で働いている。

 近澤氏のアプローチは基本的には第一製薬時代と一緒だ。本稿冒頭で感動的な逸話を披露しているMR氏や近澤氏自身のように、「ミッション」に目覚め、「ビジョン」を構築し、「バリュー」を確立したMRの養成に主眼を置く。

 唯一違うのは、前職では自らMRたちを教育できたが、今度は、各社の教育研修担当者たちに教育を施し、その彼らが自社に戻って、MR教育を実施する、という間接的なスタイルになったことだ。

 「各社のMRを元気にするためには、まず何よりも、各社の教育研修担当者(トレーナー)たちを元気にしないといけませんね!」

 このトレーナー自身に鬱々とした人が少なくないことが大問題だと近澤氏は話す。「社歴で言えば中堅からベテランクラスの人々も多いです。姥捨山に追いやられたようなネガティブな感情をもった人が、少なからずいるんですよ。そのために、センターが編纂したテキストの内容を伝えるだけのメッセンジャー、ないしは“教育オタク”みたいな存在になっていたりするんです」

 しかし、それは実にもったいないことだ。「トレーナーというのは、各社の経営サイドと現場(MR)サイドの両方と直接接することが出来る唯一の存在なんですよ。両者の間に立って、どちらのサイドに対しても働きかけることができるせっかくの恵まれた立ち位置なのに、それを生かさないのはもったいないことです。『経営感覚』と『現場感覚』を持ち、自社の経営理念を実現するMRを育成するトレーナーになってほしいと願っています」

 第一製薬時代、研修で出会ったMRひとりひとりの意識改革を進め、MRの地位向上に努めた近澤氏。彼は今、トレーナーの意識変革に注力している。「トレーナーの意識変革を通じた、全国のMRの意識変革」に道筋が見えてきたら、近澤氏は次にどこへ進んでゆくのだろうか?

 医師の過重労働など、医療の現場に生じる問題が報じられることが増えている昨今。しかし医療を支えるのは、医者や看護師だけではない。製薬会社や医療機器メーカーなど、さまざまな立場の人たちが、日々たゆまぬ努力を続けている。近澤氏が行っているような改革を通じて、全国のMRが活性化し、我が国の製薬業界が真に患者の「クオリティ・オブ・ライフ」を高め得る存在になる日、そして同様の改革が医療を支える他の業界でも起こる日を、心待ちにしたいと思う。

嶋田淑之(しまだ ひでゆき)

1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」「43の図表でわかる戦略経営」「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。


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