「おさいふくんQUICPay」は、トヨタ本業への投資――トヨタファイナンス神尾寿の時事日想

» 2008年02月26日 18時44分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]
「おサイフくんQUICPay」のキャラクター「おサイフ」

 おサイフケータイさえあれば、カードを持っていなくてもクレジットサービスが受けられる。

 プラスチックカードを“親カード”とし、おサイフケータイを“子カード”として使うFeliCaクレジットが多い中で、おサイフケータイだけで使え、プラスチックカードが要らないサービスはこれまでNTTドコモ「DCMX mini」(参照記事)の独壇場だった。

 しかし2月24日、トヨタファイナンスが「おサイフくんQUICPay」を発表(参照記事)。FeliCaクレジットのQUICPayをベースに、ケータイクレジットのサービスに踏み出した。

 →トヨタファイナンス、カード不要のクレジットサービス「おサイフくんQUICPay」

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 トヨタファイナンスがおサイフくんQUICPayを投入する狙いは何か。また、今後のFeliCaクレジットの活用や、本業である自動車ビジネスとの連携をどのように考えているのか。

 今回の時事日想は特別編として、トヨタファイナンス執行役員総合企画部長の後藤清文氏にインタビュー。おサイフくんQUICPayを中心に、同社の戦略について話を聞いた。

おサイフくんQUICPayとDCMX miniは何が違うのか

トヨタファイナンス執行役員総合企画部長の後藤清文氏

 “ケータイクレジット”の草分けは、2006年4月にスタートしたNTTドコモの「DCMX mini」である。これは一般加盟店での決済時にFeliCaクレジットのiDを使い、利用限度額の上限を1カ月1万円に制限。満12歳以上の幅広いドコモユーザーに提供するものだ。携帯電話の利用履歴も使うドコモ独自のスピーディーな入会審査、クレジットサービスの支払いが携帯電話料金と合算できるなど、携帯電話キャリアらしいユニークなクレジットサービスになっているのも特徴である。

 一方、トヨタファイナンスが発表した「おサイフくんQUICPay」は、一般加盟店での利用時にFeliCaクレジット(QUICPay)を使うところはDCMX miniと似ているが、それ以外の部分では相違点も多い。例えば、16桁のクレジットカード番号も付与されて公共料金支払いやネットショッピングで使える点や、ETCカードの発行、利用限度額の上限が1カ月10万円であるところなどは、一般的なクレジットカードに近いサービス内容になっている。

 「おサイフくんQUICPayとDCMX miniとの相違は、我々とドコモのスタートラインの違いからきています。おサイフくんQUICPayはクレジットカードから派生した商品ですが、DCMX miniは携帯電話の(回収代行)サービスから派生したもの。カード会社と携帯電話キャリアという出自の違いが、(サービスの)スタンスに現れているのだと思います」(後藤氏)

 それは毎月の利用限度額を見ても分かる。先述のとおり、ドコモのDCMX miniは1カ月1万円だが、おサイフくんQUICPayは1カ月10万円。少額決済が利用の中心となるFeliCaクレジットがベースであることを考えると、余裕のある上限額が設定されている。

 「携帯電話サービスの延長線上で考えますと、(DCMX miniの)利用限度額1万円はベストだと思います。しかし、ETCやネットショッピングでの利用など、ある程度クレジットカード感覚でも使えるサービスとして考えると、(限度額)1万円はやはり少ない。そこでおサイフくんQUICPayでは限度額10万円にしました」(後藤氏)

 また、おサイフくんQUICPayでもうひとつこだわったのが、キャッシングやカードローンの部分だという。従来からのクレジットカードビジネスでは、キャッシングとローンは金利手数料収入でカード会社が“儲けやすい”領域だったが、おサイフくんQUICPayではこれらを提供しないことを重視したのだ。

 「改正貸金業法は、クレジットカード会社が無担保の貸し金を安易にやらないように、という(世の中からの)メッセージだと受け取っています。おサイフくんQUICPayを始め、(利用限度額が抑えめの)クレジットサービスに対してキャッシングやカードローンを付帯していくのはやめていこう、という考えです」(後藤氏)

 トヨタファイナンスは設立時から“ショッピング利用重視”のサービス方針を打ち出し、改正貸金業法のダメージが比較的少なかったカード会社の1つである。おサイフくんQUICPayは、多くの人が気軽に使えるクレジットサービスだからこそ、これまで以上にショッピング重視の部分にこだわったという。

おサイフくんQUICPayは「トヨタ本業」への投資

 誰もが使いやすいショッピング向けのクレジットサービスを作り、一方でキャッシングやカードローンを封じて“貸し金の金利で儲ける”道は作らない。

 この姿勢は、クレジットサービスの健全性という点では大いに評価できるものの、ビジネスという視点では「それで収益が上がるのか」という疑問も残る。先述のとおり、おサイフくんQUICPayの利用限度額は1カ月10万円。イシュア(カード発行会社)としては、加盟店から入る手数料のみでは、収益の拡大が難しいのではないだろうか。

 「我々としては、おサイフくんQUICPayを単独での収益商品としては考えていません。トヨタの金融事業として、トヨタ自動車に送客する。そのための入り口を作るための戦略商品だと位置づけています」(後藤氏)

 社名が示すとおり、トヨタファイナンスはトヨタグループのクレジットカード会社であり、同社の各種クレジットサービスはトヨタ自動車のビジネスと深く結びつき、特にポイントプログラムなどは“トヨタ車販売の支援をする”役割が担わされている。おサイフくんQUICPayも同様に、トヨタの自動車ビジネスとの連携が当初から考えられているのだ。ここで重要になるのが、今回のおサイフくんQUICPayがターゲットとする若年層や女性層である。

 「将来的にトヨタ自動車に送客をする。この観点で我々(トヨタファイナンス)のビジネスを考えますと、若年層や女性層を取り込むことがとても大事になってきます。

 現在、トヨタファイナンスのカードホルダーで20代のお客様は約10%しかいません。おサイフくんQUICPayで若年層の新規会員を獲得し、まずは『将来のTS CUBIC CARD』ホルダーになっていただくためのチャンネルにする。そして、その先にはTS CUBIC CARDからトヨタ自動車に送客していく。おサイフくんQUICPayは長期的な視野で投入する戦略商品なのです」(後藤氏)

吉田戦車デザインのアンチキャラクター「おサイフ」が、「おサイフくんQUICPay」サービスに対して断固反対するという凝った設定

 翻って国内自動車販売の現状を見ると、都市部を中心に若年層や女性の“クルマ離れ”が進行している。企業の景気が回復基調にあるといっても若年層の購買力にはあまり還元されておらず、さらに若年層の意識も一昔前のように「無理してでもクルマを買いたい」というものではなくなってきている。だが、そういった若者も結婚して子供ができるなどライフスタイルが変化すると、“必要に駆られて”クルマを購入するケースが多い。トヨタファイナンスが若年層の新規会員獲得を重視するのは、彼らがクルマが必要になったときに向けた布石という意味合いがあるのだ。

 「おサイフくんQUICPayのポイントをそのままトヨタ車購入に利用することはできないのですが、TS CUBIC CARDに持ち越しできるシステムにしています。おサイフくんQUICPayのユーザーがTS CUBIC CARDに移行しますと、これまで獲得したものも含めてポイントが『トヨタ車購入で優遇される』形になります」(後藤氏)

 おサイフくんQUICPayの会員獲得目標は年間50万人。トヨタファイナンスでは当面は積極的なTS CUBIC CARD移行の勧誘は行わない方針だが、「おサイフくんQUICPay加入者の約1割程度がTS CUBIC CARDに切り替えると見ている」(後藤氏)という。

QUICPay加盟店は急速に増える

 おサイフくんQUICPayは3キャリアすべてのおサイフケータイで利用が可能であり、そこがNTTドコモ以外の携帯では使えないDCMX miniより大きく使い勝手のよいところになっている。特にこれまで気軽に使えるケータイクレジットの選択肢が存在しなかったauとソフトバンクモバイルのユーザーにとっては、おサイフくんQUICPayはとても魅力的なサービスである。

 だがその一方で、利用可能場所という点では、QUICPayはDCMX miniが利用できるiDに比べてやや見劣りする。おサイフくんQUICPay登場などが追い風になり、QUICPay加盟店は急増するのだろうか。

 「QUICPayの広がりでいいますと、ローソンやサークルK/サンクスなどコンビニが対応したことで加盟店は増加傾向にあります。また、セブンイレブンのnanacoの裏にはQUICPayのシステムが入っていますから、(QUICPayに)対応するのも時間の問題でしょう。

 また、トヨタファイナンスとしてはタクシーをコアに利用可能場所の拡大に力を入れていきたい。まず東京の日の丸交通でQUICPay/iDを展開する(参照記事)ほか、名古屋でも近々にQUICPay対応のタクシーが走る予定です」(後藤氏)

 タクシーのFeliCaクレジット対応では、現状ではiDやEdyの方が先行しているが、トヨタファイナンスは「タクシー用リーダーライターの共用化が(利用促進に)重要」(後藤氏)というスタンスから準備に時間をかけていたのだという。

 「我々はタクシーのFeliCa決済対応において、QUICPayとiDの共用端末で進めていく考えです。さらに昨年11月にJR東日本と提携させていただきましたが(参照記事)、Suica電子マネーもタクシー用の共用端末に載せていく。これにより『電車とタクシー』の連携も可能になる。

 タクシーはFeliCa決済のデファクト・スタンダード(事実上の標準)であるiD・QUICPay・Suica電子マネーの3つに対応させて、ユーザーの利便性を高くしていきたいのです」(後藤氏)

 コンビニエンスストアとタクシー以外では、スーパーやドラッグストアなどへのQUICPay展開にも注力していくという。おサイフQUICPayの登場でQUICPayユーザーが急増する可能性も高く、そうなれば今まで以上に加盟店開拓も進みそうだ。

ショッピング重視のカラーをより鮮明に打ち出す

 早くからETCやFeliCaクレジットといった最新分野をビジネスに取り込み、NTTドコモやJR東日本などと大胆な提携を繰り広げるトヨタファイナンス。同社が今のFeliCa決済市場において、キープレーヤーのひとりであることは間違いないだろう。

 トヨタファイナンスにとって2008年は、どのような位置づけの年なのであろうか。

 「トヨタファイナンスは今年、今まで以上にショッピング重視のカラーを鮮明に打ち出そうと考えています。そこではお客様の利便性拡大がとても大切になる。この取り組みのひとつが『おサイフくんQUICPay』であるわけですけれども、従来型のQUICPayの普及と利用促進や、まだお話しできる段階ではありませんが、交通と連携したサービスなどにも重点的に取り組んでいきます」(後藤氏)

 クレジットカード、FeliCa決済、そしてクルマをはじめとする交通関連ビジネス。様々な視点から、トヨタファイナンスは今年も注目の1社と言えそうだ。

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