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» 2008年02月04日 10時22分 UPDATE

ロサンゼルスMBA留学日記:MS、Yahoo!への「ベアハグ攻撃」は失敗する?

米Microsoftによる米Yahoo!への買収内容は破格だ。一株あたり62%のプレミアを付けたMSだが、それ以上のシナジー効果はあるのか? 経営の多角化によって、企業価値の低下を招くかもしれない。

[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 既報のとおり、米Microsoft(MS)が米Yahoo!に対し446億ドルの買収提案を行った。IT業界を震撼させる超大型合M&Aが浮上したが、気になる点も見られる。このM&Aがうまくいくのかどうかについて、疑問符が付くからだ。

 そもそも今回の提案は、MSがYahoo!を「買収すると発表した」ものではない。「買収したいという“意志”を持っていることを発表した」ということで、失敗する可能性も十分にある。M&Aでよくあるケースといえば、当該企業が投資銀行を交えて密かに話し合いをもち、水面下で条件などがまとまったあとで「M&Aやります」と発表するものだ。しかし今回の場合は、なんら話がまとまっていない。

 つまり今回の発表はMSがYahoo!に一方的に圧力をかけているだけであり、Yahoo!のボードメンバー(取締役)がどう対応するかは不透明となる。もっとはっきり言うと、ボードメンバー同士の話し合いでYahoo!側がM&Aに反対したから話がまとまらず、無理やり今回のアナウンスを行ったのではないかとも深読みできる。

 米国の報道を見ていると、今回の提案を“Unsolicited Offer”(頼まれもしない提案/敵対的買収)と表現しているところもあるし、記事内で「ベアハグ」(=熊の抱き締め)という言葉を使っているところもある。ようするに、Microsoftは手の内をさらすことでボードメンバーにどうあがいても無視できないようにしている――あたかも熊が抱きつくように――というわけだ。

プレミアムは「62%」に設定

 MS側の提案は、Yahoo!株の全てを買収し、対価として一株あたり31ドルもしくは0.9509株のMS株を与えるというものだ。Yahoo!株主はキャッシュで対価を受け取るか、株として受け取るか選択できる。そしてこの31ドルという額が、発表時点のYahoo!株価(19.18ドル)に62%ものプレミアムを乗せたものとなる。

 M&Aに、プレミアムは付きものだ。そうしなければ被買収企業(ターゲット)の株主が買収に納得してくれないからだ。しかしこのプレミアムというのは、通常20%前後で設定されることが多い。

 MBAの授業でもプレミアムの話はとりあげられているが、過去10年間のM&Aでのプレミアム平均値は25%であり、2007年単年で見ると18%にまで下がっているという。いずれにせよ、62%というオファーはこれらに比べて大きい。Yahoo!の株価は乱高下を繰り返しており、2007年に30ドル以上をつけていた時期もあるから実際の評価は難しい。しかし業績不振の影響もあって19ドルにまで株価が下がっていた企業に、62%のプレミアムを設定するというのは、大胆な行動といえるだろう。

 Yahoo!株は一晩にして跳ね上がったが、これは当然だ。いま19ドルのものを、仮に25ドルで買っておけば、MSが31ドルで買い取ってくれる可能性があるからだ。あっさりとアービトラージ(鞘取り)で6ドルもうけられる。そのためYahoo!株価は、今のところ30ドル近い値が付いている。もちろんM&Aが成立しない可能性もあるため、アービトラージが成功するとはいえない。

 Yahoo!のボードメンバーとしてはこのオファーを蹴飛ばすにあたり、理屈がいる。「うちはそんな安値で買えない」という言い訳が一般的だろうが、今回のケースではこのセリフはいいにくい。何しろ、プレミアム62%である。これを拒否するなら、では代わりにどんな企業価値向上策があるのかということを提示しなければならない。そしてそれは、現時点でそう簡単にできそうもない。

 そもそもボードメンバーの役割とは、株主に得をさせるための“エージェント”だ。おいしいM&Aの話があれば、応じて当然だ。このあたりは以前の原稿でも触れたが、ボードメンバーが保身のためこの提案を断ったなら、エージェンシー問題として糾弾される可能性が高い。

 ちなみに、MSとすればわざわざそんなアナウンスをしなければ、当該企業の株も跳ね上がらず、もっと安価に買収できる可能性もあった。そこを踏み込んでいったということで、いかに今回のM&Aに本気かが分かるというものだ。

シナジー>プレミアムなのか?

 さて、MSとすれば今回の買収が成立すれば、“成功”になるのだろうか。当然ながらそんなことはない。高いプレミアムを積んだのだから、見返りが必要だ。「シナジー」という見返りである。

 これはMBAの教科書に載っている極めてシンプルな、そして重要な公式だが、「V=S-P」というものがある。買収によって生み出されるバリュー(V)は、シナジー(S)からプレミアム(P)を引いたもの、という意味だ。つまりシナジーがないのに高いプレミアムを積んだら、その買収は失敗ということだ。Vは負の数になって、損をしたということになる。

 このシナジーについて、MSのプレスリリースには「4分野においてシナジーが発生する」と説明している(参照リンク)。「スケールオブエコノミー(規模の経済)」、「R&Dキャパシティ(研究開発力)の拡大」「オペレーション効率化」「ユーザーエクスペリエンスの向上」だ。これらの経済価値は年間10億ドル(約1060億円)にも上るという。

 しかし、これらの説明は「根拠がなく、うさんくさい」。オペレーションが効率化されるというより、むしろ「現場が混乱して効率が下がるのではないか」など、批判が出てきそうだ。M&Aには「コングロマリット・ディスカウント」という言葉がある。経営を多角化するあまり、こんがらがってしまって企業価値が落ちることを指すが、MSもコングロマリット・ディスカウントの対象になるようなら、シナジーどころか逆効果になりかねない。実際、両者の企業文化の違いなどを指摘し、M&Aの成功を疑問視する声も少なからず上がっている。

 今回のMSの「ベアハグ攻撃」は極めて大胆だ。そして、失敗のリスクをはらんだ危なっかしいものといえよう。ニュース自体は刺激的だが、これによってMSの未来を楽観視はできそうもない。

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